福祉国家の理念と課題

硫黄山(北海道)

福祉の推進において、自助、共助、公助の比重をどのように考えるかは、政治的立場の違いに依存します。①福祉に関する公助的な負担をできるだけ減らすため、既存の公営中心の福祉事業を競争のない過剰な既得権益として批判し、市場原理を取り入れ、個人責任による自立を重視しながら、公共サービスの民営化を促進しようとする思想、②大企業や高額所得者の税負担を増やし、公的責任のもとで、公金を市場原理に馴染まない公共性の高い事業に再配分すべきとする思想、③その中間に位置し、協働可能な範囲で互恵的な相互扶助による共助を重視する思想があります。なお、③については、共同体への所属資格を限定する閉鎖的な形態から開かれた形態まで様々です。

現代日本は、新自由主義的およびグローバリズムの強い思想を持つ政権運営のもとで、福祉の市場化が進むとともに、地縁血縁の絆による同調に従う限り地域の利益の配分の恩恵を享受できていた地域共同体の力も弱体化し、ますますあらゆる領域での格差が拡大しています。また、インターネットの普及や価値の多元化・多様化によって、地理的な制限を受けないところで様々なコミュニティが存在するようになりました。しかし、地域性や直接の対面性が弱いためか、いずれのコミュニティも不確実性への耐性が弱く、移り変わりが激しいものが多いように思われます。

ホロニカル論の立場からすると、①から③の考え方を相互に排除することなく、むしろ積極的に相互にホロニカ論的に相互包摂していくことが大切と考えます。意見や立場の違いがあっても、不確実性を伴った対話の中で不一致を大切にしながら、一人ひとりが自分とは異なる意見や立場と出会う中で、より生きやすい人生の道の発見・創造を触発するような緩やかなコミュニティのづくりです。

自助と共助と公助のどれが正しいと争うではなく、自助の中に包摂される共助・公助、共助の中に包摂される自助・公助、公助の中に包摂される自助・共助といったホロニカル的関係を福祉現場の実態に応じてバランスよく形成していくことが、これからの福祉のあり方と考えられるのです。

生まれながら、あるいは人生の途上で重度の心身障害を背負った人のように、自助努力や自己責任論だけでは生きることの尊厳とその価値を実現できない人に対しては、最大限の公助の対象とするような政策がなされている社会が福祉国家といえます。逆に、さしたる自助努力なく社会的利益を独占している人や組織の利権利益については、積極的に公益性や公共性の高い政策にその利益を再配分することが福祉国家と考えられるわけです。