
心理学でいう自我、すなわちホロニカル心理学における「現実主体」とは、単に理性や意識の活動にとどまるものではありません。それは、イメージや夢、無意識、さらには身体的な運動感覚を伴う夢言語的な直覚と、識別・認識・思考など言語を媒介とした理性的な判断とが相互に融合し、重なり合うことによって成り立つ存在です。
ホロニカル心理学では、このうち感性的直覚の担い手を内的現実主体(内我)と呼び、言語による識別や思考の担い手を外的現実主体(外我)と呼んでいます。
西欧の心理学は、無意識を扱う場合であっても、その出発点は常に外我にあります。すなわち、意識活動を担う自我を基盤とし、内我を制御し、意識化することを重視する傾向が強いのです。この立場では、自己の存在はあくまで個人としての輪郭に限定されがちです。
それに対してホロニカル心理学では、自己には個人としての顔と同時に、世界を超えて開かれる自己超越的な次元があることを重視します。西欧心理学が「自我同一性」に基盤を求めるのに対し、ホロニカル心理学は「自己と世界の絶対矛盾的自己同一」に基盤を見いだします。
この視点からすると、現実主体や自己は、それ自体で自立的に存在できるものではなく、常に世界とのせめぎ合いの中で形成されます。自己は「かけがえのない私」として世界から創造され、世界内存在として生き、やがて世界そのものへと溶け込んでいく存在です。したがって、西欧的に想定されるような、自律し独立して存在する自我や自己は、あくまで知的構成物にすぎない仮説的存在にすぎません。
東洋の思想では、自我や自己は言葉や観念によって構成された表象であり、しばしば「妄念」として退けられます。「本来、我など存在しない」とされるのはそのためです。
ホロニカル心理学もまた、自我や自己を実体的な存在とみなすのではなく、自己が自己を意識する瞬間に、鏡像のように立ち現れる観念・表象・概念として捉え直します。つまり、自我や自己とは、世界から独立した存在ではなく、自己意識が生み出した表象にほかならないのです。