
ホロニカル心理学では、“こころ”とは単なる心理状態や情緒の総称ではなく、あらゆる現象が生起し、また消滅していく無底の“場所”そのものとして理解します。無底の場所としての“こころ”は、意識や無意識といった個人内部の領域をはるかに超え、世界に広がる無限の関係性が不断に立ち現れる源泉であり、生成と消滅を同時に司る働きです。
私たちは日常生活の中で、思考し、揺れ動き、悩み、安らぎ、そして決断します。それらの体験は一見すると個人の内部で起こる現象のように見えます。しかしホロニカルな視点から眺め直すと、それらはすべて外界の出来事、人間関係、身体感覚、歴史的背景、文化的文脈など、多層多元にわたる全体性が“いま・ここ”に畳み込まれて顕れた現象として理解できます。すなわち、“こころ”とは個体の内側に閉じ込められたものではなく、世界との関係の中で織りなされる網目状のネットワークが創発する、包摂的で開かれた時空間そのものといえるのです
この“場所としてのこころ”という理解は、仏教の「空(くう)」や華厳の因陀羅網、西田幾多郎の「場所的論理」、量子論における非局所的相互作用とも深い親和性をもっています。いずれも、個別の存在が独立して成り立つのではなく、相互規定的に立ち現れるという世界観を持っています。ホロニカル心理学は、これら伝統的・現代的な思想を対人援助の文脈で統合的に再解釈したものだと言えます。
また、“こころ”を場所としてとらえることは、心理社会的支援の実践において非常に大きな意味を持ちます。支援者は被支援者の内面世界のみを扱うのではなく、その内面がどのような自然環境、社会、文化、歴史などといった外的世界との関係の中で生成されているかを丁寧に読み解きます。“こころ”を場所として理解する態度は、個人の苦悩を世界の関係性の中に位置づけ直し、そこに新たな選択肢や可能性を開く営みといえるのです。
“こころ”とは「主体の内部にあるもの」ではなく、「世界と自己が出あい、響き合い、たえず生成され続ける無限のフィールド」です。ここには上も下も内も外もなく、すべての現象が一瞬ごとに編み直されながら立ち上がっていきます。この深い場所に耳を澄ますとき、私たちは初めて自分自身の生を世界全体の中で感じ直し、「いま・ここ」を新たに生き始めることができます。