自由無礙の俯瞰(24):一即多・多即一との響き合い

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自由無礙の俯瞰とは、しばしば想像されるような上空から世界全体を眺める「固定された鳥瞰図的視点」ではありません。それは、観察主体が極限的なミクロの一点へと縮退する水準から、宇宙的なマクロの球体へと拡張する水準まで、自由自在に移行できる柔軟な観察構造を指します。ホロニカル・アプローチが扱うこの俯瞰は、観察主体と観察対象の分離が最終的に溶解し、両者が無境界に一致する地点を含んでいます。

極限において、観察主体は対象から切り離された“どこかに位置する者”ではなくなり、むしろ観察対象そのものと同一化します。主体と客体の境界が消えたこの状態は、東洋思想の「無我」や、華厳思想の「一即多・多即一」の世界観とも深く響き合うものです。ここでは、部分と全体、内と外、主体と世界が相互に浸透し、縁起的に結びついた実在そのものが現れます。

現代の心理療法では、脱中心化マインドフルネスといった技法が広く取り入れられていますが、それらはなお“観察する主体”が残存している段階といえます。主体が対象を観察するという枠組みが残るかぎり、主観と客観の境界は完全には解けていません。ホロニカル心理学のいう自由無礙の俯瞰は、こうした枠組みをさらに越え、主体と対象が無境界で一致する水準を扱います。

この無境界の俯瞰水準において、自己は世界と出あい直し、これまで不一致であった世界把握が一致へと向かいます。自己意識は、個としての私を保持しながらも、同時に全体へと開かれた多層的主体として発達していきます。

自由無礙の俯瞰は、単なる認知技法や観察の方法ではなく、自己と世界そのものの関係性を再構築する実践です。そこにこそ、ホロニカル心理学が目指す“自己と世界の一致”の根本的プロセスがあるのです。