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ふきのとう、つくし、のびる、三つ葉、よもぎ・・。春の山菜は、どれもアクが強く、ほろ苦い。
山菜を採りに、山に入る。まだ小寒いけれど、梅が咲き、タンポポが、地面にしがみつくように小さな葉を広げ始めている。寒いねといいながら、山菜を少し摘み、家に帰って、ほろ苦い春を堪能する。目覚めるからだ。
おひな祭りが過ぎ、お水取りのニュースを聞く頃、そんな春が里山にやってきます。
でも、そんな季節の巡りを身体で感じることができにくくなっている昨今の都会事情。
特に子ども達が、こうした体験から切り離されて暮らすことを余儀なくされていることが、今とても気に掛かっています。
「命の教育」とか、頭から詰め込まれるより、冬枯れしていた里山が、芽吹き始め、うごめき始める春を五感で味わうことの方が、「生かされてある私」を体感できるのにな・・・と思います。
(定森露子)
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