※「IT(それ)」は、2024.11.20以降、「それ(sore)」に統合されています。以下のブログは、統合前のものです。
西田哲学でいう絶対無が絶対無自身を自己否定し無限に自己分節することによって創造されたことによって生じた自己と世界を含むすべては、絶対無の理である「IT(それ)」の絶対的創造的理の意志を分有しています。このとき、哲学でいう「絶対無」とは、仏教でいう「空(くう)」に相当するとホロニカル心理学では考えます。
それぞれの自己は、同じ絶対的創造的意志を分有することによって、生涯を通じて、自己特有の自己と世界とのホロニカル関係(縁起的包摂関係)を、瞬間・瞬間深化させていくことができます。
絶対無(空)の「IT(それ)」が発現する意志を分有することで、自己は単なる孤立した存在ではなくなります。自己は絶え間なく変化し、自己と他者、世界との関係を通じて再定義され続ける「場」として存在することができるようになります。
このホロニカルな縁起的包摂関係において、自己は創造的な分節として機能し、多層的多次元的な自己組織化のプロセスを通じて拡張と深化を経験します。このプロセスは、自己を取り巻く環境や他者との相互作用に依存しており、自己が変容する瞬間ごとに新たな可能性が現れるのです。
さらに、この関係性の中での変容は、単なる自己の拡張ではなく、世界全体を包摂する意識の形成につながります。その結果、自己は個と全体の両方を内包する存在へと進化し、「自己」と「世界」が矛盾を抱えながらも一体となる絶対矛盾的自己同一の境地に至る可能性が開かれるのです。
この絶え間ない「それ」の働きによる生成・消滅が、生命や意識の根源的な本質とも言えるでしょう。これにより、自己は単に固定化された存在ではなく、創造と包摂を繰り返しながら「絶対無」を体現するダイナミックな存在として現れるといえるのです。そこに自己の絶対的意志が働いていると考えられるのです。