一見するところ独立自存し相対立するもの同士の関係が、そのまま一なるものの唯一無二の多様な個性的表現者同士の共創的顕れと実感・自覚するとき、生死のこの世において独立自存しているものなど一切なく、すべてが無限のつながりの中にあることに覚醒します。
そのとき、自己という存在もまた、「個」として閉じた実体ではなく、全体性との対話と関係性のうねりのなかで絶えず生成しなおされる動的プロセスであることが見えてきます。ホロニカル心理学の視点では、自己は「部分」でも「全体」でもなく、それらが共鳴しあいながら同時に立ち現れる「ホロニカル的存在」として理解されます。つまり、他者や世界との関係の中で自己は「なる」のであり、それは固定された属性や役割の集合ではなく、つながりの場に応じて開かれてゆく流動的な存在です。
このような覚醒は、「内なる自己」と「外なる世界」の二元的分離を超え、相互生成的な場としての「今・ここ」に生きることを可能にします。そしてそれはまた、生と死、自己と他者、破壊と創造といった一見対立する概念が、より深い次元においてはひとつの全体的運動の相であることを体感的に理解する契機となります。