かつての精神病理学が哲学的でかつ難解という批判のもとに、生物学的精神医学の知見を参考にしつつ操作的診断学に基づく診断基準である「診断と統計のマニュアル」(DSM)などの利用が“こころ”の問題を扱う領域で一般化してきました。しかも、あまりに一般化され、社会に与える影響にも多大なものがあります。発達障害の診断の影響などは、その典型です。
しかし、精神医学は、DSMの診断基準を超えて、もっと神経・生理学的医学、脳科学、比較社会文化精神医学、人類学的精神医学などの知見を含み、かつ他領域の知見を含めながら、もっと総合的に判断した方がよいのではないか思われます。
今日の操作的診断基準に基づく診断と治療には、数々の疑問があります。DSMの症状の判断基準の多くは、生物医学に基づく基準ではなく、社会規範に基づく主観的な判断基準に依存しています。その結果、問診とテスト結果も、あらかじめ定めれた主観性の高い診断基準の型はめ的によっています。他の身体医学のような生物医学的検査は未開発かつまだ不十分です。
その結果が、軽度の“こころ”の問題や症状までが、あたかも重篤な疾患であるかのような拡大解釈に基づく過剰診断の弊害も際だってきています。医学博士で、DSM-IVの編集委員長として知られるアメリカの精神科医アレン・フランセスは、「慎重に作成したDSM-IVによってADHDの診断が3倍、小児の双極性障害は40倍、自閉症は20倍に、成人の双極性障害は2倍となった」とし、DSM-5の登場はさらになる過剰診断と不適切な診察が増加されると推察しましたが、まさにその危惧が現実化しているように思われるのです。しかももっとも危惧されることは、人生の生き方に重大な影響を与える診断が、1~数回の問診とテストでもって安易に診断され、しかも一旦診断されると、あらかじめ定められたアルゴリズムにしたがって、投薬治療を過剰に勧奨してくることです。これでは、正常な人まで、診断される危険性を孕んでいるのです。その上、ひどい場合は、「あなたのため」というトーンで、当事者の琴線に触れることはなく、半ば機械的に就労で苦労されている患者に対して、障害年金の取得の可能性を示唆しながら、障害手帳を勧奨し、当事者とその家族を大混乱に陥れている実態があるということです。
一方で、とても良心的な質的にも優れた医師いますが、あまりに安易な医師がいるもの現実です。これからは信頼できる医師をしっかりと見極めていく目をもつ必要性が高まってきています。
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