「今・ここ」が少しでも生きやすくなることをホロニカル心理学では重視します。
しかし「今・ここ」を生きることが、必ずしも自己にとって世界に開かれ生きやすくなるとは限りません。「今・ここ」が、自己にとって、まったく理不尽な出来事に遭遇することもあるからです。
しかし、「今・ここ」を生きるとは、理不尽な目にあっても主体的に生きることを断念することではありません。たとえ、外我が理不尽な出来事を受け入れているが如くに見えても、内我では主体感をもっていることが「今・ここ」を生きるということです。
理不尽な出来事は、しばしば自己と世界の関係性を揺さぶる試練となり得ますが、それは同時に、自己組織化を深化させる機会でもあります。理不尽な状況下でも主体感を維持することによって、自己は外的な理不尽さを内的な創造力へと転換する可能性を見出します。このプロセスは、自己特有の縁起的包摂関係の中での絶え間ない創発を促進します。つまり、個々の自己が内的世界と外的世界の両面から自己の可能性を拡充し、自己と世界とのホロニカルな調和を目指す旅路を続けることができるのです。このようにして、絶対無(空)の「IT(それ)」の意志を分有する自己は、理不尽さを含む現実の中で生きる意義を創造し続けるのです。