“こころ”を信じる(1)

“こころ”を信じるとは、自己の内にあって、しかも自己を超える“こころ”の働きを信じるということです。

内在かつ超越的な“こころ”の働きに我(現実主体)を忘れて、ひたすら従うということです。

我の無力を知り、自己超越的な“こころ”の働きに従って生きるということです。

それは、自己が世界と分断された「主体」としてではなく、むしろ縁起の網の目の中で“共にある存在”として立ち上がる在り方なのです。

“こころ”とは、単なる個人的な思考や感情の源ではなく、ホロニカルな全体性のなかに響き合う生成の働きであり、それに全身を委ねることは、自己がより大きな秩序と共鳴しつつ、自らを新たに構成していくプロセスでもあります。

つまり、“こころ”に従うとは、内から湧き上がるものに耳をすますと同時に、その背後にある宇宙的連関への信頼に身をゆだねるという、「今ここ」の中での創造的応答なのです。