
今日の「DSM」や「ICD」などの精神医学的診断は、ある精神現象に対して統計学的な処理によって客観的な指標としてあらかじめ定められた操作的な診断基準に従って、できるだけ同じ診断名がつくことを期待されて登場しました。
しかし支援現場にいると、同じ人に対して、診断時期が近いにも関わらず、異なる診断名が多重に診断されている人が増加し、本人やその家族や関係者に、正直なところ、かつての時代以上に、今日の精神医学的診断への疑問や不安を抱く人たちも明らかに増加してきています。
また、あまりに発達障害に関する診断が、簡易なアセスメントと、ごく短時間によって確定診断され、しかも投薬治療の対象になっている現況は、さすがに過剰といえます。
しかも問題なのは、その多くの事例で、診断と投薬治療の予後があまり芳しくないのです。ただこのような疑問を抱きながらも、精神医学以外の領域の人にとっては、面と向かって精神科医にこの疑問を公の席で指摘する人は少ないように思われます。
的確な精神医学的診断と適切な対応が多くの人の助けになっているのは事実です。が、しかし他方では診断行為のもつ社会制度上の大きな影響を含め、精神医学のもつ影の問題が社会問題化するところまですでに来ているといっても過言ではないでしょう。
精神医学に期待されるのは、科学的根拠となる基本的パラダイム自体の見直しを含め、抜本的に再検討すべき時期が到来しているように思われます。
ホロニカル心理学は、医学モデルではありません。それだけに精神医学の診断基準に関しては、現況の混乱の実態を踏まえ、診断基準の妥当性と信頼性の根拠をこれまで以上に明らかにすることを期待するところであります。
そして、人々の生きづらさに対応する対人支援の現場においては、医学的理解を含む人々の生きづらさに対する多層多次元にわたる自己の世界との関係をめぐる動的なプロセスを含んだ、包括的かつ統合的な理解のパラダイムを構築し、実態に即した具体的対応が求められてきていると思われます。