私という存在はかけがえのない唯一の存在という意味では、個別性をもっているといえます。
しかし反面、私という存在は、人間という意味では一般性をもった存在といえます。
犬という概念は、一般性を持ちますが、同じ犬でも、この犬と限定すれば個別性を持ちます。犬は動物であるという表現は、動物という一般性をもった限定が犬となります。
このようにして、万物に関して、一般性と個別性の関係を無限に問い続けていくと、一切合切が、一般性と個別性の相矛盾する関係を同一にもっていることに気づきます。
万物は、個別性と一般性が相矛盾しながらも、そのまま統一されることになります。
極限的には、個別性の中に無限の可能性をもった一般性が包摂され、無限の中に個別性が包摂されることになります。一切合切が、西田幾多郎の指摘する絶対矛盾的自己同一にあることになります。