ノンフィクションフィクション 「沈黙の中にある声 ― ある不登校の娘(秋子)をめぐって」(2)

(イラストはAIで作成)

第1回の続き

*登場人物*
父親:会社員(42歳)。厳格な性格。
母親:パート勤務(39歳)。感情の起伏が激しく、不安定。
娘(秋子):中学3年生。不登校となって8ヶ月。
父方祖父:同居、元教員(68歳)。価値観が古く、家族内で影響力をもつ。
相談室:公立の教育支援センターに併設された相談室
相談員(M):ホロニカル・アプローチで対応する臨床心理士(女性)

#2 両親合同面接:娘のまなざしを体験してみるホームシミュレーションの実施

6月の午後、第2回目の両親合同面接のために再び父と母がやってきた。二人の表情には、かすかな緊張と、前回よりも「一緒にこの場所へ来た」という感覚がにじんでいた。

相談員Mは、前回と同じように温かい声で切り出した。
「お二人とも、お忙しい中、ご苦労さまです。今日は少しだけ、“娘さんの視点に立ってみる”という体験をしていただければと思っています。」

父と母が目を見合わせる。

「ホームシミュレーションという方法なのですが…たとえば、娘さんが自室にいる時、家の中ではどんな音が聞こえてくるでしょう? どんな会話が、どんな空気が流れているか、想像してみてください。」

母が首を傾げる。「…自分が“娘”になってみるということですか?」

Mはうなずく。
「そうです。“娘としての私”を演じてみることで、ご家族の“見えなかった風景”が浮かび上がることがあります。」

Mが小さなホワイトボードに、両親から家の間取り図を聞き取りながら、マグネットを使って家族のそれぞれを外在化しながら、登校の有無をめぐって家族の緊張の最も高まる場面である朝の「娘の視点で見た家庭」と見出しを書きます。

【ホームシミュレーション1:緊張の朝の家族関係の俯瞰】
M:「まず、お母さんが秋子さんになって、お母さん自身を見てみましょう。」
母が、少し照れたような表情で深呼吸をしながら始める。
「…お母さん、朝からすごくバタバタしてる。私が起きてこないと、何度も『早く!』って怒る。でも、お母さんも疲れてるの、知ってる…。本当は、私のこと見てくれてるのもわかってるけど、私はそれに応えられない自分がつらくなる…」

M:「ありがとうございます。今の“娘さんの声”、どう感じましたか?」
母が静かに涙ぐむ。
「…私、自分が追い詰められてるばかりで、あの子の“負い目”まで見えてなかったんだと思います。娘も、娘なりに苦しんでいたんですよね…」

Mは頷き、父へ視線を移す。
M:「次に、“娘さんの視点でお父さん”を感じてみてください。」
父がやや戸惑いながら、低く語り始める。

「…お父さんは、怖い。でも、なんでそんなに怒ってるのかも、わかる。私のこと、たぶん嫌いなんじゃなくて、どうしたらいいかわからないだけ…。でも、目を合わせるのも怖い。期待に応えられない自分を見透かされてる気がする…」

沈黙の後、父がぽつりと言った。
「俺、あいつに“立ち向かう力”をつけてほしかった。けど、まず俺が“近づく力”を持たなきゃいけなかったんだな…」

【ホームシミュレーション2:部屋にいる秋子から見た家庭の俯瞰】
Mは、白紙の紙を二人に渡します。

M:「今度は、“娘の部屋から見える家庭”を絵に描いてみてください。言葉でなくても大丈夫です。」

数分の静寂。母の紙には、ドア越しに響く怒鳴り声と、こたつに座る祖父の姿。父の紙には、小さな窓から外を見つめる娘と、その背中を見つめる父の姿が描かれていた。

M:「この絵は、娘さんが何を“感じ取っているか”を、可視化するものです。お互いの絵を見て、どう思いましたか?」

母:「私の“怒り”や“焦り”ばかりが伝わって、あの子の中に“安心”がなかったかもしれない。」

父:「俺も、見てるだけで何もしてなかった。“見つめる”ってことは、何もしないことじゃないんだな…」

M:「今、“娘の視点”からお二人自身を見て、どんなことに気づいたと思われますか?」

母がうつむいたまま言った。
「私は“よい母”でなきゃって、あの子に近づきすぎていたのかもしれない。」

父はしばらく黙った後、低い声で語った。

「怒鳴ったって、何も変わらない。俺は、娘に“耐えろ”って言ってたけど、それは“助けを求めるな”って言ってたのと同じだった。」

Mは、しっかりと二人の言葉を受け止めた後、優しく結ぶ。
「今日、お二人が“娘さんの目で見る”ことを選ばれたように、これからも彼女の“まなざし”をたどる時間が、ご家族の関係を変えていくかもしれません。」

【Mの連想】
・ホームシミュレーションを通して、“視点の交差”が生まれたかも知れない。
・特に父親にとって「無言のまなざしの内在化」は大きな変容契機となった。
・母親は“介入”と“見守り”の境界を体感し始めている。
・祖父の存在もかなり家族に影響している印象がある。

続く