
ホロニカル論では、自己とは、創造的世界という場から生まれ、いずれ世界そのものになる存在だと考えます。
自己は、かけがえのない個性的存在(世界の一部分)であると同時に、創造的世界としての自己超越的存在でもあります。
世界の一部としての自己は創造的世界の全体を内包しようとし、創造的世界も自己を包摂しようします。このせめぎ合いの中で自己組織化が進行し、自己は生成と消滅を繰り返します。
創造的世界という場は、自己の生命を育む作用を持っています。創造的場が命を育むからこそ、万物は相互に包摂し合いながら共創的に共存していると考えられます。縁起的包摂関係の中で、互いにエネルギーを与え合いながら生成と消滅を繰り返し、場全体の創造力を維持します。
万物の生成と消滅が創造的に展開する場所こそが場なのです。
創造的世界から生まれた自己は、創造的世界の一要素であり、いずれ元の世界自身となる存在です。パスカルは神を「周辺なくして至る所に中心を有つ無限大の球」に例えました。この無限の球が場であり、中心点が自己です。一なる創造的場が収斂する中心点に生成と消滅を繰り返す「一即多」としての自己が自己組織化されるのです。
自己は、場の働きを自己に映し、内包しようとしながら、自律した存在として自己組織化を続けます。この自己組織化は、創造的場にバタフライ効果のような影響を与え、場の歴史的文化的な変容を促します。そして、自己は影響を与えた創造的場に包摂され、自己組織化の役目を終えて消滅します。しかし、役目を終えた自己は、創造的場として新たな自己を生み出す源となります。
こうして、個としての自己は、一なる世界との一致を求めながら世界を内包し、いずれはその世界に包摂される関係にあります。この関係を実感できるとき、唯一無二の自己が生き、死んでいく人生の意味が自覚されるのです。
ホロニカル心理学では、歴史的文化的に変容していく創造的場が、“こころ”と考えています。
“こころ”は、生と死に苦悩する私という個的自己内だけのものではなく、そうした個的自己の存在をも包摂する場そのものと考えられるのです。