フラッシュバックへの対応ポイントは、過去のトラウマ体験が布置し、あたかも現在が過去によって支配されかけている「今」に生きる自己が、安全で安心であることを内我レベルで実感・自覚できるようにすることです。
ホロニカル心理学的には、フラッシュバックとは、内我が過去の気分や記憶表象にとらわれ、外我が過去にとらわれた内我を制御不能に陥った状態といえます。そこで、ホロニカル・アプローチでは、過去のトラウマ記憶によってパニック状態に陥っている内我を、「今」は安全・安心できる場だということを、今・現在の内我と外我が実感・自覚できるような状態を創りだすことを大切にします。過去のトラウマ体験にとらわれている内我と制御不能状態の外我に対して、「今」は、安全で安心できるということを実感する内我とそのことを自覚する外我との連合軍を対置させるわけです。
こうした二重意識状態を創りだすためには、過去のトラウマ体験を想起してしまって、身体的自己が過覚醒、回避、麻痺(凍てつき反応)に陥っている内我状態に対して、何も批判や評価することなく、ただひたすら、すべてをあるがままに外我が内我と一体化して俯瞰し続けることが必要になります。ホロニカル・アプローチでいう「ただ観察」の実施です。トラウマ記憶自体に焦点化するのではなく、トラウマ記憶に反応する身体を観察対象とするのです。身体の反応をひたすらあるがままに観察し続けるのです。すると、トラウマ体験の想起に伴って著しく反応していた交感神経や副交感神経などの自律神経系や体性感覚の興奮が、「ただ観察」の時間経過によって、自ずと鎮まっていくようになります。すると、パニック時の自己は、「過去」のものとなり、「今」は、安全で安心だと実感・自覚できる内我と外我が生き残ります。こうした感覚が、過去の非日常的体験から、現在の日常体験にあたかも生還したかのような喜びを獲得できます。
トラウマ記憶には、大脳辺縁系の海馬と扁桃体が記憶の保存の処理過程に影響していることが解明されつつあります。この時、扁桃体は恐怖とか不快とかの気分は扁桃体を通じて大脳皮質に記憶され、出来事を物語的に時間と空間的に意味づけていくプロセスにおいて海馬が深く関係すると言われています。しかしながら、強烈なストレスなどによって、「自律神経系の覚醒が非常に高まると、海馬の活動は、ストレスホルモンの豊富な分泌によって抑制されます。そうなると、記憶に文脈を与えるという海馬の通常の機能が働かなくなります。その結果、トラウマ性の出来事は、“過去に明らかに存在する自分自身についての情報という”という語の通常の意味での「一つの記憶」になることを妨げられるかも知れません」(Rothschild,2003)とあるように扁桃体と海馬といった大脳辺縁系と大脳皮質のこれまでのホメオスタシス体制が崩れるような神経生物学的反応によってフラッシュバックが起きている可能性が十二分にあるのです。フラッシュバックに陥っている当事者の観察主体は、今が、あたかも過去であるかのような感覚に陥ってしまっています。まさに、「“こころ”ここにあらず」となってしまっています。
したがってフラッシュバックに対応するには、まずはフラッシュバックに陥っている当事者の過覚醒状態の鎮静化が必要になります。過覚醒の鎮静化を図った上で、適切な観察主体の復活を待って、ゆっくりと自己という自伝的物語への再統合を図る作業にはじめて移ることができるのです。
自伝的物語に統合しきれないトラウマ体験は、海馬の機能低下のため物語性をもたず、ただの自己全体からは切り離されたトラウマ性を帯びたままの自己の断片といえます。ホロニカル心理学では、こうした断片化した自己を「陰のホロニカル的存在※」と概念化しています。「陰のホロニカル的存在」とは、部分と全体との縁起的包摂関係(ホロニカル関係)が崩れてしまっているある部分(対象)といえます。自己と世界の出あいによる不一致・一致によって生成消滅する瞬間・瞬間の断片的体験は、非連続的連続の集積のプロセスの中で、部分(断片的自己)が全体(全体的自己)を包含し、かつ全体(全体的自己)が部分(断片的自己)を包含するといった部分と全体がホロニカル的関係を保ちながら自己を自己組織化しています。しかし、強烈なトラウマ体験は、部分(断片的自己)と全体(全体的自己)との相互包摂的関係を阻害することによって、適切な自己の自己組織化を妨げてしまうのです。自己の全体に統合しきれないまま解離されたり切り離されてしまった自己の断片を、「陰のホロニカル的存在」と概念化しているのです。フラッシュバック時とは、観察主体が、自己のほんの一部でしかない自己断片ばかりに視野狭窄的になって執着してしまう状態であり、「今・ここ」に意識がいかなくなってしまっている状態といえるのです。したがって、過覚醒の鎮静化(低覚醒の場合は活性化)とは、「今・ここ」に意識が戻ることといえるし、そうした働きかけがフラッシュバックへの対応の第一歩となるのです。
なかなか鎮静化しない強烈な陰のホロニカル的存在への執着状態に対しては、逆に「陽のホロニカル的存在※」に夢中になることで、陰へのホロニカル的存在に執着しきってしまっている観察主体からの脱却を促進します。この方法を意識的に行うのが、ホロニカル・アプローチの三点法です。
※陰のホロニカル的存在とは
ホロニカル的存在の中に包摂されるA,B,C,D,E,F・・・と無限に続く中でも,例えば,Aという陰性の部分ばかりが顕在化し,あとは潜在化してしまっている状態といえます。
※陽のホロニカル的存在とは
ホロニカル的存在の中に包摂されるA,B,C,D,E,F・・・と無限に続く中でも,例えば,Bという陽性の部分ばかりが顕在化し,あとは潜在化してしまっている状態といえます。嫌なことなど一切忘れるため、我を忘れて何かに無我夢中になっている時などは,陽(よう)のホロニカル的存在に観察主体が一体化しているといえます。
参考:Rothschild,B(2003)(久保隆司訳(2009),PTSDとトラウマの心理療法;多彩なアプローチの統合による実践事例.創元社)