場所的自己とは、自己と世界の不一致・一致の直接体験を自己の側から捉え直した概念です。直接体験を世界の側から捉え直すと「場」となります。場所的自己がおいてあるところが「場」です。自己と万物が生成消滅を繰り返しているところが「場」です。「場」は、自己と世界(宇宙)のすべを包摂しています。自己にとって死とは、「場」になることです。
場所的自己は「場」を包摂しようとし、「場」もまた場所的自己を包摂しようとします。場所的自己と「場」は、縁起的包摂関係(ホロニカル関係)にあります。
場所的自己において、自己と世界の関係が「一」の関係にある時は、我(現実主体)もなく、場所的自己は「場」そのものに包摂されています。しかし、自己(我)が、「場」を非自己化(世界化)して、自らが個としてあらんとすると、その途端、自己=世界の「一」の関係は破れ、自己と世界の関係は不一致となって対立し、自己にとっては、自己と世界(万物)との関係になります。しかし、自己にとっては、世界と対立関係になったとしても、場所的自己の直接体験レベルでは、自己=世界の直接体験を包摂したままで、自己と世界の不一致の関係になることになります。場所的自己の次元では、自己と世界の不一致・一致の関係が、相矛盾しながら同一の現象として起きていると考えられるのです。
あるがままに生きるとは、自己と世界の不一致・一致に生きることといえるのです。