
自己の中に他者を見、他者の中に自己を見ることによって、自己は、ある行為、ある表現やある理解がはじめて可能になります。自己は、他者の中に映し出された自己を見ることによって、自己となることができるのです。他者も同様です。
自己が自己として振る舞うことができるのは、他者が自己の中にいるからといえるのです。自己は非自己を自分自身のうちにもつことによって、自己は他者の他者としてのみ、自己になることができると考えられます。
西田幾多郎は、このことを「自己は、自己の中に絶対の他を含んでいなければならない。自己は、自己自身の底を通して他となる。自己自身の存在の底に他があり、他の存在の底に自己がある」と語ります。