直接体験(7):超個的体験を含む直接体験

 

自己と世界の出あいの直接体験には、個人的経験ばかりでなく、超個的な体験も含まれています。

自己と世界が一致している時には、自己と世界とは無境界の一となって、「すべてのものの根柢に見るものなくして見るもの」「形なきものの形を見、声なきものの声を聞くといったようなもの」(西田幾多郎,1927)によって包摂される感覚があります。しかし、ひとたび自己と世界の一致が破れると、その途端、自己と世界との統一的関係も破れます。

それでも自己は、自己自身のもつ統一力として意識が働けば、自己自身の統一を図ることができます。が、自己が自己自身の統一を図ろうとした瞬間、世界は意識的自己から切り離され、自己意識によって観察されるような対象となってしまいます。

一度、観察対象となった世界は、部分ごとに分別・識別されながら理解されます。そして、一旦、バラバラに分析し識別された対象世界は、再度、自己の統一的意識によって統一的な外的世界として再構成されています。こうして意識的自己によって再構成された対象世界を、私たちは通常、外界と感じています。

しかし観察対象としての外界は、常に自己と世界が切り離されてしまっているために、超個的なものが自己を包摂しているような実感・自覚を自己は得ることができません。

<参考文献>
西田幾多郎(1927),働くものから見るものへ(序)(上田閑照編(1987),場所・私と汝 他六篇:西田幾 多郞哲学全集Ⅰ.岩波文庫;p33.)