「我感じるところに“こころ”あり」

デカルトの「我思う故に我あり」は、ホロニカル心理学的には、自己が感じるところに“こころ”があり、“こころ”の働きを実感・自覚するところに我(現実主体)が働くと言い換えられます。

感じるところに自己があることを、我は実感・自覚できるのです。

デカルトのいうような「考えるところ」に、実在する自己を発見できません。デカルトとの発見した「我」とは、知的に考え出された抽象的な自己です。しかも、そうした精神的な我は、精神現象でもあり、物理現象でもある自己を、我から観察対象として切り離してしまっています。“こころ”とは、精神現象であり、かつ物理現象です。

このように、ホロニカル心理学では、デカルトの「我」は見直す必要があると考えています。