ホロニカル主体(理)(9):華厳思想と相似的

理(ホロニカル主体)が普遍性や一般性を追求するものである限り、理は客観性を持ったものでなくてはなりません。主観的な独我論や単なる情や感情にながされるものは理とは言われません。理は、歴史的文化的影響に制限されながらも、その制約を絶対弁証法的に統合を可能とする論理をもっていくものでなくてはなりません。

そしてその時代ごとに、より多くの人や社会に受け入れられ、歴史的検証によって生き残るものとならなくてはなりません。

究極的な理は、実在するすべての出来事の真理を示すものになると考えられます。ホロニカル心理学では、そのような理とは、華厳思想でいう事事無礙を論じる理事無礙の理のようなものになると考えています。