ホロニカル論は、西欧のデカルト、ニュートン的な因果論的な近代科学パラダイムから、ホリスティック論、エコロジカル論や、複雑系の科学などの観点にパラダイム・シフトしています。
新しいパラダイムは、「こころ」と「物質」の二元論的認識への変革を迫ります。「観察主体」は、「観察対象」を「客観的」には把握できず、観察主体が見ようとする方法によって制限された世界を見ていると考えます。どこまで突き詰めても、観察主体が世界の外から俯瞰できるような客観的世界など立ち顕れてこないのです。
実はこうした観点は、コペンハーゲン解釈といわれるボーア、ハイゼンベルクなど物理学世界における量子力学の世界から提唱されるようになってきています。
近代科学的な機械論的世界観では「観察者の意識」など問題にされることなどなかったのですが、量子の世界では、時間を確定すると空間が確定できず、空間を確定すると時間を確定できないということが明らかになったのです。観察者の意識が何を見ようとするかで観察対象の結果も異なることが明らかにされたのです。
こうした観察主体と観察対象の関係は、“こころ”の現象にも当てはまるとホロニカル心理学では考えます。「観察主体の意識」の問題は、“こころ”の現象に直結します。「客観的」な近代科学の道を求めたことによって、長い間、心理学でありながら、「観察主体の意識」の問題を、不問にしてきた傾向がありました。ホロニカル心理学では、「観察主体の意識」のテーマを積極的に取り上げていきます。
最近になって「観察主体の意識」の問題は、「認知」の問題として限定的に扱われることがありますが、「認知」のテーマは、「観察主体の意識」のテーマのほんの一部を取り上げているに過ぎません。「観察主体の意識」の問題には、神経・生理学的テーマ、意識と無意識のテーマ、思考と感情のテーマ、識別・分別の判断基準のテーマ、社会的価値や文化の影響、言語のテーマなど、実に多層多次元な問題が複雑に絡み合っているのです。したがって、たとえ「認知」の問題をひとつ取り上げたところで、認知の問題だけを要素還元主義的に抜き出すことはできず、「認知」ひとつの問題には、多層多次元な複雑な問題が包摂されているといえるのです。