
何かを壊すところに、新らしい何が創造され、自己組織化される。そうした場所に、私たちは、生命活動を認めることができます。
破壊は創造の源であり、創造されたものは破壊されることで、創造的なるものになることがはじめてできます。
私たちの自己の命も、まさに死があるから生があるといえ、生があるから死があるといえます。
死のみの世界や生のみの世界は、考え出されたむしろ虚無といえます。
破壊と創造という相矛盾する世界に私たちは生きて死んでいきます。
ホロニカル心理学の立場から見ると、「破壊と創造」という対立するように見える現象も、実は同じ生命の流れの一部として理解されます。この視点では、破壊は単なる終わりではなく、新たな創造の始まりを孕んでいると考えます。