
自己と世界の出あいの不一致・一致の非連続的連続をホロニカル論では、「直接体験」としています。
直接体験そのものは、本来、心理学が行動・思考・感情と区別する以前の、行動・思考・感情と識別する以前の前概念的体験を意味します。
直接体験からいかなる物語を語るかは、語る人の置かれている自己が、いかなる観察主体と観察対象の関係を、いかなる基準を内在化しているかの影響を必ず受けます。
自己は場所的存在です。生きる場所を持たぬ自己は知的に考え出された自己であり、実在する自己ではありません。自己は、自己が置かれている歴史的社会的文脈の影響を受け、自己は、自己自身が置かれている歴史的社会的文脈の影響を受けた自己自身の非言語的な直接体験を物語る存在といえるのです。
したがって、直接体験そのものを了解するためには、物語る前の純粋体験を無我となって了知するしかありません。物語ることをやめ無言となるとき、直接体験のままとなるといえます。したがって物語るとは、物語ることができない直接体験から湧き上がる無限の終わりなき語りと言えるのです。
自己と他者が語りあうことが対話です。対話とは、各々がお互いがわかり合うことのできぬ一瞬・一瞬の直接体験の変容に向かって、無限に語り合い、了解できる範囲の拡大と深化を図り続けることといえます。