トラウマ体験は、その衝撃が強いほど、人々は否定的な論理(ホロニカル主体:理)を一般化します。他者や世界を警戒すべき存在とする根拠を発展させます。
このような否定的な論理は、外我に取り込まれます。しかも、他者や世界だけでなく、自己の内我に対しても適用されます。結果として、自己は存在する価値がなく、消え去るべき存在となります。
外我に取り込まれた否定的な論理は、内我による過剰な罪悪感、自己責任感、そして他者や世界に対する警戒感を増幅します。
一過性のトラウマではなく、保護者による児童虐待のような逃げ場のない連続的なトラウマ体験が積み重なると、内我の警戒感、絶望感、無力感すら麻痺し、凍結します。その結果、喜怒哀楽の表出が乏しい内我が形成されます。
複雑なトラウマを扱う場合、外我が内在化した不適切なホロニカル主体(理)をトップダウン的に対処するとともに、内我がすべての直接体験を「今・ここ」で安全で安心できるものとして感じられるように、ボトムアップ的な支援が必要となります。