忘れられる「場」

現代人は、あたかも自分の意思で生きていると錯覚しているところがあります。

しかし、ほんのちょっとだけ注意深くなって周囲を見渡せば、すぐに了解できることですが、人の周りには必ず世界があります。一瞬一瞬のうちに生成消滅を繰り返している万物が織りなす世界があるのです。こうした万物が変化する世界のなかに人は生きているのです。

あまりに当たり前すぎることなのですが、変容するを離れては人は生きてはいられません。人は、場に影響を受け、場に影響を与えて存在しているのです。人と世界が相互に影響しあって存在していることが、生きることにほかなりません。

ところが、これだけ大切な「場」でありながら、人はすぐに「場」を忘却してしまうのです。場がつくりだしている「音」「匂い」「温度」「風の流れ」「明るさ」などをすべて忘れ、あたかも自分の意思だけで生きていると思い込んでしまうのです。しかし、そうした生き方では、世界からの孤立感ばかりが増大し、孤独の存在への不安から永遠に救われることはないでしょう。逆に、場との密接なつながりを再確認できるならば、孤立感から救われる可能性がそのたびに広がることになると思われます。

私たちは、「生きている」のではなく、「場によって生かされている」のです。