画一化と多様化

地球規模での科学文明の発展と高度情報化社会の浸透は、自然との生命力溢れる豊穣な一体化感覚に代わって、世界中に画一化と多様化の対立による矛盾を拡大してきたと思われます。多様なローカルな風土・文化や生活様式は、無差別的な人工的一様の環境様式に変貌しつつあります。

しかし物事をあまりに一般化し、普遍化し、一様化させると、全ては標準化された一律の尺度から判断する思考に支配されるようになります。すると多様性への耐性力が弱まり、標準尺度からの逸脱は、常にノイズとしてコントロールの対象となりがちです。しかし、そうした外的世界における画一的社会の浸透は、内的世界においては多様性に対する許容力や柔軟性を弱体化させ、むしろ個性的な言動や振る舞いに対して排除的になり、知らずのうちに偏見や差別の対象としやすくなります。

もしも科学文明が普遍的法則という元に、一様性、画一性や均一性を世界中に強いるならば、科学文明に第一義的価値を認めない民族や人々は自らの実存を自己の根底から揺さぶられ存亡を賭けて抵抗してくると思われます。実際、現在、先鋭化している国際問題の多くは、西洋型グローバル主義を普遍主義とするパラダイムに対する強い反発といえます。

異なる文化、異なる価値、異なる常識をもった者同士が、共生的に生きるための努力は、いまだなかなか上手くいっていないという現実から目をそらすべきではないと思われます。ただいえるのは、共生のための論理は、普遍的一元尺度を異なる価値尺度をもつ人に強いるべきではないということです。

異なる文化をもったもの同士の共存には、不一致の不全感に伴う摩擦・衝突の回避は不可能です。そこで、できることといえば、お互いが、異なる文化少しずつ自己自身に取り込み包摂し、共生可能な新しい文化を局所的な場ごとに共創する努力を積み上げていくしかないと考えられるのです。これからの心理社会的な支援とは、事例ごとにそうした適切な局所的な場づくりを含むと考えられるのです。

 

※ホロニカルマガジンの「カテゴリー一覧」の「閑談」では、ホロニカル心理学のパラダイムら生まれたエッセイを掲載しています。