自己意識の発達の第4段階までは、自己と外的対象(他者、社会、世界)との関係は、内的対象(自己自身、他者、社会、世界)の関係に取り込まれやすいといえます。
自己意識の発達の第4段階までは、外的対象関係をめぐる観察主体(自己)と観察対象(自己自身及び他者、社会、世界)の関係が、そのまま内的対象関係をめぐる観察主体と観察対象の関係に受動的に取り込まれ、フラクタル構造を組織化します。自己にとって社会的関係を決定する規範ともなるホロニカル主体(理)は、一般的に観察対象となる外我に半ばそれが常識として受動的に取り込まれ、内我に対する社会的な権威的心的構造となって反復されるのです。現代日本人の社会的権威に対する態度と、歴史的に古い時代の社会的権威に対する態度は、まったく異なると考えられるのです。
しかし外的対象関係と内的対象関係は、通常、もっと複雑なプロセスをたどります。まず、観察主体の立場になる外我に、いつも内我が従順になるとは限りません。既知のホロニカル主体(理)を内在化した外我に対して、内我が直接体験レベルでの違和感や抵抗感を直覚することがしばしばあるからです。内我は、外我に対して、どうしても腑に落ちないのです。納得できないのです。また外我自身が揺らぐ場合もあります。例えば、外我が信奉し内在化してきたホロニカル主体(理)が、まったく異なるホロニカル主体(理)に遭遇すると、文化の層の衝突に匹敵する揺らぎを避けることができません。すると自己同一性を保った自己構造が不安定化することになります。同一文化、同一言語、同一の神話を共有し、他の文化、言語、神話に対して無知である限り、外的対象関係における権力構造は内的対象関係における権力構造となり、内我が抱く違和感や抵抗感は否認・切り離し・抑圧などによって徹底的に排除されてしまいます。しかし、排除が自己によって自己と世界の一致を促進するものでない限り、生命を脅かす強いストレスとなり、様々な症状形成にも深く関与していくことになります。違和感・抵抗感は、生存をかけた戦いの源といえるのです。