
数学者で哲学者でもあったアルフレッド・ノース・ホワイトヘッド (1861 – 1947)は、抽象的なものを具体的なものと取り違える間違いの観点から、近代科学の機械論的自然観を批判しました。こうした考え方は、ホロニカル心理学も共有します。
“こころ”の出来事は、いつもかけがえのない一回限りの具体的な出来事です。二度と同じ出来事は起きない不可逆的なものです。したがって、たとえ、主観的には、マンネリのように思える人生にあっても、過去の出来事と今この瞬間での出来事は、必ず変容しており、すべては流転する無常の世界といえます。
ただ、こうした無常の出来事の中にあっても、確かに、一般法則として抽象化できるようなパターンを発見することは可能です。かけがえのない特殊な具体的な出来事の反復の中に、一定の一般化可能な法則を発見することができます。しかし、そうした一般法則によって、物事の展開を完全に予測することは残念ながら不可能です。すべての出来事の生成消滅には、一般法則では捉えきれないノイズや例外にあたる要素が必ず働いており、たとえ、出来事が起きてから、後付け的にその因果を説明できたとしても、すべてを一般法則でもって因果論的に予測したり、あらかじめ機械的に決定することはできないのです。たとえ、物理学など厳密な法則を扱う科学であっても、確率論的な予測の限界を超えることはできないのです。しかし、まさに物事に予測不可能性があるところにこそ、真の自由があるといえます。
また具体的な出来事がないところでは、抽象的な一般法則は成立しません。具体的出来事と関係なき法則や理は、ただ知的に考え出された空想でしかないといえます。
私たち人間は、実在する特殊な現象の複雑な絡み合いの出来事の中に、確率的に精度のより高い一般化可能な抽象的な法則を理として発見・創造しているのであって、決して全知全能ではないのです。そして人間が発見・創造した理は、再び世界の生成に影響を与えつつも新たな出来事の中に包摂され、また新たな理が発見・創造の基盤となっているのです。
※ホロニカルマガジンの「カテゴリー一覧」の「閑談」では、ホロニカル心理学のパラダイムら生まれたエッセイを掲載しています。