“こころ”とは(36):不確定性原理

「科学は網ですくった時に、引っかかったものしか研究対象にできない」と、どこかで聞いた覚えがあります。こうした観点から、“こころ”を科学的な対象として研究しようとすると、すくう網が細かいか荒いかで、すくわれる対象がミクロからマクロまで多層多次元になるといえます。しかも、こうした研究法で限界なのは、“こころ”とは、網ですくう前から、誰もが網でもっては、本来、すくい切れぬものであることを、“こころ”のどこかで直覚しているものです。

“こころ”を観察対象としようすると、観察主体は、“こころ”からは無限に何か識別しようとする対象を選択することができます。結局、“こころ”の研究結果は、最初に観察主体の“こころ”が、何を求めようとしたかに観察結果が影響されてしまうのです。そのため、“こころ”の働きを了解するためには、観察主体の働きを無にして、直に“こころ”を直覚するしかないといえるのです。