“こころ”の働きを忘れた現代人

人は、一瞬、の意識を失ったり、忘れることはあっても、“こころ”の働きがなくては、何かを感じること、何かを見ること、何かを思うことは、一瞬たりともできません。

しかしながら現代人は、“こころ”の働きを忘れ、どこかに意識の担い手の我が在ると錯覚し切ってしまったように思われます。しかし在るのは我ではなく、“こころ”の働きです。“こころ”の働きを得て自己と世界不一致・一致の繰り返しの中で、自己と世界の一致を求め自己意識を発達させながら生きていると考えられます。

“こころ”とは、普段、私たちが意識している以上に無意識の働きもあり、かつ知情意が区別される前の非言語的な体験の源でもあります。こうした“こころ”の働きを忘れてしまっては、日々の人生が薄っぺらいものになってしまいます。