一瞬・一瞬の自己と世界の不一致・一致の直接体験を自己自身に映し、あるがまま自己自身が実感するところに、自己による自己同一性の自覚があります。
しかしながら自己と世界が不一致のときには、自己は身体的自己の同一性を実感・自覚できても、自己と世界は分断され、世界は非自己化されてしまうため、自己と世界の一致による自己と世界の一如の実感・自覚は成立しません。それに対して、自己と世界が一致するときは、自己=世界=真の自己となります。
真の自己では、世界と自己の関係が融通無碍の一即多の関係(ホロニカル関係)にあることを実感・自覚できます。しかし真の自己が自己によって対象化されてしまった瞬間、自己と世界は対立し、身体的自己同一性以外の自己と世界の一如の実感・自覚は不可能になります。
自己も他者も多面的存在です。特に価値の多元化・多様化が加速度的に進展する現代の高度情報化社会にあっては、場所が通底的に共有していた常識や文化がカオス化し、場所的存在である自己も多様化・多面化を免れません。その結果、自己内の多様化・多面化ばかりではなく、同じ場所を共有している人と人の間でも、お互いの共通感覚が失われ、人と人の関係は異質化し、あたかも常識の通じない変人同士の関係になってきています。
価値の多様化と個性化による混沌化を憂える人は、より普遍的価値による価値の統合化や社会的規律による統制に対する期待を高くします。しかし本来、統合化とは、自然法爾的な“こころ”のごく自然な統合化の働きによるものです。混沌化しているからと、無理矢理、意図的な統合化を図ることは、かえって統合化しようとするものと統合を強いられるものとの分断を招き、統合化にとって不自然であり統合化の阻害要因になると考えられます。