自己と世界が一致する瞬間とは、自己と世界の間が無境界となり、自己が世界内存在として無心に生きることといえます。
自己と世界が不一致になる瞬間とは、自己と世界の無境界に亀裂が起きて、自己と世界が対立関係になり、世界内存在としての自己が迷いながら生きることといえます。自己と世界の対立関係は、直接体験の“ゆらぎ”となります。
「華厳教」の「夜真天宮菩薩説偈品(やしんてんぐうぼさつせっぎひん)」に、「心仏及衆生、是三無差別心仏(しんぶつきゅうしゅじょう、ぜさんむしゃべつ)」という偈文(げもん:仏教で、偈(げ)を記した文章)があります。「心」と悟りを開いた「仏」と煩悩を抱えている「衆生」とは、本来、皆同じものだというわけです。こうした心の捉え方は、西欧の心の捉え方より、ずっと広いといえますが、ホロニカル心理学の“こころ”も、禅の公案にあるような、「即心即仏(そくしんそくぶつ)」としての捉え方といえます。
より生きやすい人生の道を発見・創造していくためには、直接体験の“ゆらぎ”がほんの少しでも和らぎ、消失し、より無心になって生きられる方向に生きていくことといえます。