
私たちを含みあらゆる自己が生まれ、そして死にゆくところを西田幾多郎に習い、以下、「場所」とします。
自己は、その存在自体が場所に依存していると言えます。場所がなければ、自己は生命として創り出されることもあり得ないし、死んで場所そのものになることもありません。自己は自己自身の力だけで生きているかのように錯覚し、場所のことを忘れているかもしれませんが、自己は場所的存在といえます。
自己は、場所の持つ一切合切を自己自身に映し取り、自己の生きる場所において、新たな自己と世界の関係を、一瞬・一瞬、創造し続けているわけです。
場所は、一方で分化と発展を繰り返しながら多層多次元にわたる無限の世界を創造し、他方で無尽蔵に広がる世界を一つに統一しています。
個としての自己の同一性は、超個的な場所の統一力の働きを個としての自己が写しながら、場所から個が自律しようとするところに成立します。しかし、自己同一性を自己組織化する力を持った個としての自己も、やがて超個的な場所の統一力に呑まれていきます。個としての自己同一性を死して失い、場所と同一化します。
よく意志と言いますが、ホロニカル心理学では、場所の分化発展作用ととも統一力を自己自身に写すところに自己の意志が働くと考えており、我(現実主体)の意識による理性的統一作用による意思と区別します。場所の持つ分化発展が自己に映されるところに場所から自律を図ろうとすると個としての我の意思が形成されます。しかし個としての意思も場所の自己超越的統一作用という意志に包摂される時に強固な意思になり、もっとも適切な自己が自己組織化されると考えられます。