論理の大切さ

気分の理解や一致だけを求めて論理の差異を無視すれば、自己と他者の不一致に際して、信念や価値観(ホロニカル主体)の対立が一層気分の対立を増幅させ、自己と他者は激しい対立関係となります。

しかしながら、自己と他者が共に価値観の一致を希求しつつも、簡単には価値観(ホロニカル主体)が一致できない現実を認識できる外我にあっては、内我同士の共振や共鳴的関係が創発されれば、外我に内在化されている価値観(ホロニカル主体)同士の対立も和らぎ、場合によっては弁証法的に新しい価値観(ホロニカル主体)が創発され対立が止揚されやすくなります。

ところが自己と他者の一体化に絶対的な価値や美意識を外我がもっていたり、自己と他者の関係が融合的で、場にすぐに呑み込まれやすい内我の場合にあっては、ほんの少しでも自己と他者の不一致を内我が直覚した途端、内我が共感不全状態に対する激しい憤怒を起こし易く、憤怒によって自己と他者は骨肉の争いになりがちです。

大切なことは、自己と他者の論理の差異を尊重する理(ホロニカル主体)を内在化した外我と、自己と他者の差異を楽しむことのできる内我の対話軸を樹立することといえます。