脳と“こころ”(9):脳科学の論理の限界

自然科学者の中には、「精神科学は、結局のところ、脳科学にほかならない」と唯物論の立場から断言する人たちがいます。しかし、脳自体を動かすものはなにかとの問いや、脳を創り出した働きまで精神科学に含む時、精神科学を脳科学だけで説明するには限界があります。

精神科学を科学とするとき、では、科学とは何かという問いがあります。精神科学は、芸術活動のもつ意義を、脳科学の論理や言葉でもって当然できませせん。

ホロニカル心理学では、異なる次元の現象について、ひとつの次元の論理だけでもって、すべての説明が可能とするのはカテゴリーエラーと考えます。異なる次元について語る論理は、異なる次元を統合的に意味づけことの論理でなくてはなりません。

唯物論的脳研究者の論理は、“こころ”の現象面の物理的側面を対象として研究するときの有効な理であってもとなっても、“こころ”の現象をすべて語り尽くすことのできる理ではありません。

“こころ”の研究においては、研究結果が、観察主体と観察対象の関係は、観察主体自体が内在化しているホロニカル主体(理)による論理に影響されてしまうことを排除できないとホロニカル心理学では考えます。

ただし、あらゆる心理社会的な現象の影響は、脳の神経経路の形成に影響し、逆に脳の神経路の形成は心理社会的な現象に影響を与えているという次元を超えた影響に関する仮説は成り立つと考えます。

そこで大切になることは、異なる次元間の現象をどのように総合的に捉えていくのがもっとも適切かという体系的観点の樹立といえます。ホロニカル心理学では、“こころ”の現象に関しては、“こころ”の多層多次元にわたる現象を観察主体と観察対象の組み合わせによる差異という観点から統合的に見直すことが可能ではないかと提案しています。

そのためには、観察主体側に起きてくる現象と、観察行為によって観察された観察対象の現象を区別することが必要です。脳の神経経路の研究は、後者であっても、前者ではありません。この区別をした上で、前者と後者の相互作用に伴う影響を研究していくという方法です。この方法は、多層多次元にわたる“こころ”の現象のどの層、どの次元に、どのような観察主体から、どのように観察するかといった組み合わせの複雑系の科学として扱うことが可能になると考えられるのです。

観察対象には、ある認知に関する現象、ある感情に関する現象、ある夢に関する現象、ある家族に関する現象、ある行動に関する現象・・・といくらでも選択可能です。また観察主体側の内在化する論理も明確化していく必要があります。すべてを神のなせる行為と考える人の論理、すべてを主観を排除した客観科学の論理で考える人・・・によっても“こころ”の研究結果の構成は異なってくるのです。