トラウマの扱い方(9):三点法による適切な自己の自己組織化の促進

三点法

過去に受けたトラウマ体験をタイムマシンにのって時間を遡って、やり直すことは残念ながらできません。しかし、過去のトラウマ体験を捉え直し、これからのよりよき人生の再構築に活かすことは可能です。

今は、過去のトラウマ体験時ほど苛酷な状況にないことは頭でわかっていながらも、ほんの僅かでもトラウマ体験を想起させるような出来事に遭遇した途端、過剰に警戒したり、身体が麻痺したり、思考が停止してしまったり、「今・現在」と「過去」の区分すらおぼつかなくなって、あたかも「今・現在」が「過去のトラウマ体験時」のように過敏に反応してしまう頑固な心的症状があります。こうした現象は、過去のトラウマ体験が、自己自身に消化・統合されておらず、緊張感や恐怖感などが解放されることのないまま、神経・生理学的な処理が未処理のままになっていて、適切な自己の自己組織化が中断されたままにあると考えられます。

ホロニカル・アプローチでは、こうしたトラウマ体験に対して、次のような姿勢で臨みます。
①特定の引き金によって、神経・生理学的な発火現象として半ば自動的に過去と現在が融合的な気分になってしまっている可能性について、支援者が被支援者の過剰反応を批判することなく、また侵襲的にならないように配慮しながら、照らし返します。こうした被支援者と支援者が適切な共同研究的協働によって、過覚醒・麻痺反応等のトラウマ反応を客体化するだけでも、被支援者の一時的な「ほどよい感覚の覚醒」の確保は可能です。しかしながら、トラウマ体験が反復的で重篤なほど、トラウマ体験を扱う支援には、一定の条件が必要になってきます。

②まずは、トラウマ体験の想起や直面化の前に、フラッシュバック現象など神経・生理学的反応がスイッチ・オンした時に備えて、危機対応策としての「安全・安心のワーク」を事前作業として実施しておく必要があります。
例:深呼吸、ぼんやり外的世界を見る。外界の音に注目する。足の裏を感じる。振り子時計の振り子を何も考えず振り子になったつもりで、ただ20秒間眺めるなど、被支援者の自己と世界の「今・ここ」における身体感覚的一致(ホロニカル体験)を徹底的に図ります。マインドフルネスの方法を試みるのも有効です。

③次にトラウマ体験の想起や直面化を図りますが、もしフラッシュバック現象が出現したりした場合には、即座に「安心・安全のワーク」を実施します。ここで大切なポイントがあります。それは、自己と世界の不一致時のトラウマ体験想起時後、自己と世界の一致の安全・安心のワークを実施した時、間髪入れずに、不一致時と一致時の身体的自己の感覚の差異の明確化を身体的感覚の余韻があるうちに図ることです。この差異の明確化の作業は、あきらかに被支援者の身体的自己の主体感の回復や自己効能感を向上させます。

④「安全・安心のワーク」などによって、いつでも安全感や安心感を支援の場で確保できることを被支援者が体感したならば、次の作業として、「今の自己」と「過去の自己」を、小物などを使って支援の場に外在化(可視化)させます。

⑤次に、「今の自己」と「過去の自己」の対話を小物を使って実施します(対話法)。こうした対話は、「過去の自己」の未統合のままになって中断したままになっている気持ち(無力感、絶望、恐怖感、不快感、過警戒、過緊張状態)の解放を促進します。「今の自己」が、心理社会的支援の場で、安全感・安心感をしっかりと体感できている限り、浄化作業を伴った統合化の継続が可能です。場合によっては、トラウマ体験時には、達成にできなかったイメージを能動的想像法などで促進することによって、これまでの人生脚本を書き換えることも可能となる場合があります。

⑥⑤の対話の中で、今・現在の外我が内在化している「もはや不適切となった価値観や思考の枠組み(ホロニカル主体)」が顕在化した場合には、次のように対応します。

たとえば、不適切な価値観や思考の枠組み(不適切なホロニカル主体)を内在化した外我が内我を抑圧しようとしたり、支配的になって、内我が適切な自己主張化ができなくなり、対話が外我の圧倒的優位によって行き詰まっていくような展開となった場合には、そのパターンをそのまま批判せずにそっと包む込むように指摘しながら、内我を直接支援するイメージを支援時の被支援者自身に求めます。支援者の支援的態度にエールを送られるようにして、支援時の支援者が、外在化された内我をサポートしはじめます。それでも外我に圧倒的に支配される内我という構図が展開する場合には、<すべてをお見通しの神様・仏様・先祖・あるいは鳥のようなもので、それらは人間の力を遙か超えていて、何でもできるような力を持っているとしたら、それ(「IT」)は、これまでの対話をずっと聞きながら見ていて、一体、何をどのように感じ、一体、どのようにしてこの人を救い出してあげますか?>と超俯瞰法を実施します。

それでも外我と内我による適切な対話が促進されない場合には、対話の中で自ずと顕在化してくる外我が内在化してくる支援者からみてもはや不適切となっている価値観や思考の枠組みの特徴(ホロニカル主体の特徴)を指摘し、被支援者自身に自己照合を求めます。この時、もし被支援者自身が、自ら不適切なホロニカル主体の内在化を実感・自覚すれば、最早不適切となっている価値観や思考の枠組みの形成プロセスを振り返り、より適切な価値観や思考の枠組みの再構築を協働的に模索します。もし、思い当たらなければ、不一致のままそれ以上、直面化を図らず、相似的パターンが顕在化するまで根気よく繰り返します。

⑦トラウマ体験となったエピソードごとに、苛酷な過去の出来事に無力のままになっている「過去の自己」を、安全観や安心感を体感している「今の自己」やあるいは「適切な保護的な超個的主体」によって包摂・統合する作業を徹底的に繰り返していきます。すると、こうした自己と世界の不一致体験と一致体験の行ったり・来たりを繰り返しているうちに被支援者は、行ったり・来たりの支点にあたる場所に、自由無礙の俯瞰を可能とする適切な観察主体(自己世界の一致を促すホロニカル主体を内在化した外我)を樹立しはじめます。適切な観察主体を樹立しはじめると、無力感、絶望、恐怖感、不快感、過警戒、過緊張、麻痺など「過去のトラウマ体験時の自己」を、「今の自己」の直接体験の部分とし統合することが自ずと可能になっていきます。こうしたプロセスを経て、持続的な適切な自己効能感、自己肯定感や自尊心を回復または獲得ができるようになっていきます。

⑧ただし、ホロニカル心理学でいう「自己の発達段階」(注)の差異によって、①から⑥の時間経過に差異がでます。発達段階の低次な人ほど、適切な観察主体の樹立までに時間がかかります。

こうしたトラウマ体験に焦点化したワークを行うためには、次のような条件があります。
①トラウマ体験を抱えてる被支援者の今現在における日常生活では、時々過去と現在の融合による混乱があるとしても、基本的な安全感や安心感が物理的環境として確保されていること。

②支援時の被支援者と支援者の間の信頼関係が構築されており、被支援者は支援のに対して安全感と安心感を感得できていること。

③ワーク中、被支援者が過去と現在の融合がみられた際には、支援者は、速やかに躊躇なく対話を中断し、深呼吸、外的世界をぼんやり眺める、足の裏を感ずるなど、今・ここが安全で安心できる場であることを被支援者が体感できるだけの場の設営能力を有していること。

注)詳しくは、定森恭司著の「ホロニカル・セラピー:内的世界と外的世界を共に扱う総合的アプローチ」(遠見書房,2015)、または、定森恭司・定森露子共著の「ホロニカル・アプローチ:統合的アプローチによる心理・社会的支援」(遠見書房,2019)を参照ください。