
“こころ”は形なきものという意味で無といえます。無といっても有・無の無ではありません。非有としての無でもありません。
“こころ”は、形はありませんが、働きとして「実感するものとして有り」、「自覚できる無として有る」といえます。
無でもある“こころ”が、根源的なところで私たちの実感・自覚を動かし,実に多層多次元にわたる現象となって立ち顕れてくるとホロニカル心理学では考えています。
“こころ”は二元論的思考では理解ができないと考えます。唯物論でも観念論でもその本質を把握することができません。唯物論的理解でも可能ならな、。観念論的理解でも可能であり、そのどちらの立場だけでは説明できず。主観と客観の合と対立を超えて実感・自覚に基づき了解していくしかない働きといえます。