観察主体と観察対象の関係の不確定性
心理学は、“こころ”を対象とするため、研究対象を研究者自身から切り離して客観化し、普遍的な法則を得ることが難しい学問です。特に臨床心理学では、普遍的法則を探究してきた自然科学と違って、人が異なれば、心的症状や心的問題のとらえ方、アプローチさえも異なってくるというやっかいな問題が横たわっています。
近代科学は、デカルトによる“こころ”と物質を区別した二元論的世界観に支えられてきました。二元論によって、科学者たちは自分自身の影響を無視して、世界は因果論的にすべて説明のつく巨大な機械として理解できると考え出しました。
心理臨床の世界も近代科学的パラダイムの影響を受けて、科学としての心理学を目指した時代もありました。しかし、その後、近代科学のパラダイムの土台が崩れていきます。まず、アインシュタインの相対性理論は、時間も空間から独立しておらず、「時空」という四次元連続体を構成することを明らかにしました。近代科学の基礎として、絶対的な時間と空間の設定自体が怪しくなったのです。次にハイゼンベルクは、不確定性原理によって、ミクロの世界では、観察するものが何を対象として研究するかで、粒子のように振る舞うし、波動のようにも振る舞うことを明らかにしました。そして、今日の量子力学では、これまでの機械的世界にかわって、観察するものとされるものを分離・独立して扱うことができず、すべてのものが絡み合い、織り合わさりながら、絶えず変化生成する世界のイメージを描きだしたのです。このような発見は、観察するものとされるものを分離・独立して扱ってきた近代科学のパラダイムを、新しい科学のパラダイムへとシフトさせました。
ホロニカル心理学でも、“こころ”を扱う場合は、観察するものとされるものの関係に不確定性原理が働くと考えます。今、“こころ”を観察しようとする人が、“こころ”の現象の何に焦点化しようとするかで、“こころ”の振る舞いが変化するのです。心理臨床理論や技法が多数存在する理由もこの要因によります。
しかし、それでは心理相談の現場では混乱しやすくなるため、ホロニカル心理学では、「今、いかなる観察主体から、いかなる対象を、どのように見ようとしているか」を、「自己」「現実主体(我) 」「ホロニカル主体(理) 」などの概念を使って明らかにすることによって、これまでの心理臨床の理論や技法を、観察主体と観察対象の関係から整理・統合することを可能にしました。“こころ”の現象に関する観察主体と観察対象の関係の考え方の差から、今日のさまざまな心理臨床の理論や技法が生まれているわけです。