ABCモデル(1):ホロニカル・アプローチの基本モデル

ABCモデル

ホロニカル心理学では、不一致・一致の行ったり・来たりの自由無礙の俯瞰という基本的アプローチを、「ABCモデル」と命名しています。

ある出来事やある心的対象(ある気分などを含む)に対して視野狭窄的になり、観察主体の意識が、ある観察対象ばかりに拘泥し、まさに「ドツボにはまってしまう」ことがあります。このことをABCモデルでは、「A点固着状態」と表現します。観察主体が、自己と世界の不一致に伴う自己違和的体験に埋没し、観察主体の意識が、A点に拘泥し続けてしまう状態です。

こうした時には、支援者が、A点固着状態そのものを、小物を使ったりして外在化し、被支援者が、視野狭窄状態に陥っている自己自身を、ほどよい心的距離を保った観察主体(C点)から、ありのままに観察できるようにすることが大切になります。すると被支援者の観察主体が、ABCモデルでいうA点からC点への移行がその後も促進され易くなります。

この手続きは、ドツボにはまっている被支援者が、支援者から一切責められることなく、「今・ここ」「今・この瞬間」という支援の場で、ドツボ状態の自分自身を安全で安心して体感できることが最低必要条件となります。

A点からC点への移行が可能になったら、次の手続きに進みます。自己と世界の「今・ここ」「今・この瞬間」での一体化や過去の一体化の体験など、ホロニカル心理学で「ホロニカル体験」と呼ぶB点の回想や構築を図ります。

被支援者の“こころ”の片隅にはA点の感覚が確実に残存しています。しかしA点への執着の感覚が残存したままの状態で、C点の観察主体の意識が、B点を観察対象として観察できるように積極的に働きかけることが大切なのです。C点の観察主体の立場からすると、A点とB点を行ったり来たりしながら二重注意状態に置かれることになります。しかし、そうすることによって、被支援者はA点からB点やC点へのポジションにとても移行し易くなってきます。
センサリーモーター・サイコセラピーで、「二重処理ができるようになると、トラウマの刺激は支配的ではなくなります」(オグデン,2006)と指摘するのと相同的です。二重処理とは、定位反応(注意を何に向けるかの意識の方向づけ)の観察や注意深く行動しながら、同時に定位反応が自分の考え、感情、身体にどのように影響するかを観察するということを意味します。ABCモデルでいうと、A点をC点から一定の心理的距離を維持して観察することと同じです。またフランシー・シャピロのEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法、1995)でも、クライエントが現在の刺激と過去の心的外傷の両方に同時に意識を向ける二重焦点による効果を指摘しています。被支援者と支援者が共同研究的協働関係を構築することによってC点の立場から、A点とB点の交互的往復を促進するホロニカル・アプローチの代表的技法である「三点法」と同じ考え方といえます。

こうした変容の背景には、多くの実践家が指摘するように、神経生理学的根拠があるのではないかと思われます。

新しい神経生理学的ネットワークが確立し、被支援者がA点固着状態からB点やC点に自由無礙に観察主体の意識を切り変えることが可能になるためには、C点の適切な観察主体がどれだけ被支援者に内在化しているかによって、支援期間に大きな差異が出ます。適切な観察主体C点が成立していて、かつ心的外傷が一過性である場合には、数回の対応で変容可能です。しかし幼少期からの長年にわたる不適切な処遇(虐待等)によって、被支援者がすでに重篤な複雑性PTSD状態を形成しているような場合などには、観察主体が不適切な価値観(不適切なホロニカル主体を内在化していたり、観察主体(C点自体)自体が自他融合的であったり、あまりに脆弱なために、適切な観察主体の樹立まで、支援者によるサポートが年単位に及ぶこともあります。

適切な観察主体の確立の発達度合い(定森,2015)が変容時間の差異の大きな要因となっているのです。

しかしながら、たとえ、適切な観察主体が脆弱だったり、観察主体が自他融合的になりやすい被支援者にあっても、被支援者が支援者と共同研究的協働関係を維持できている限りにおいては、そうした支援の場では、自己と世界の不一致状態への視野狭窄的なA点固着状態から自己と世界の一致によるホロニカル体験への移行が可能です。問題は、支援の場を失うと途端にすぐにA点に執着してしまうことです。その意味では、適切な観察主体(C点)の内在化、あるいは確立・強化がポイントといえます。
※詳しくは、ホロニカル・アプローチ、定森恭司&定森露子共著,2019年、遠見書房)を参照ください。

参考
Ogden,P.,& Minton,K.,Pain,C(2006;日本ハコミ研究所訳,2012),トラウマと身体.星野書店.
定森恭司&定森露子(2019).ホロニカル・アプローチ;統合的アポローチによる心理・社会的支援.遠見書房.