自己組織化(13):直接体験の重視

自己の意識が無心の時、すべては、「あるがまま」です。

「あるがまま」とは、自己の意識には、自己とか世界とかいった区分など一切なく、すべてが無境界となって、ただあるがままになっているということです。そこに何があるとか何かがあると意識する直前の直接体験が、「あるがまま」なのです。この瞬間は、自己と世界は、「一」の関係にあるといえます。

自己は、世界と「一」の関係になった時には、自己自身を意識し、何かを自覚的に振る舞っていることなどなく、ただひたすら無心にあるがままの状態にあります。しかし、このことは、自己が自己意識をもった途端、自己と世界の「一(いつ)」の関係が破れ、自己にとって世界が非自己化されることを意味しています。意識していない間は、「あるがまま」にいられるが、意識した途端、自己と世界の間に境界ができてしまうのです。

ホロニカル心理学が、自己と世界の不一致・一致の繰り返しの直接体験を重視するというのは、こうした心的現象を踏まえての表現といえます。

ホロニカル心理学的には、自己と非自己化された世界は、もともとは「一」の関係にあると考えられます。もともと「一」の関係にありながら、自己が自己自身や世界の何かを意識した途端、自己は世界を非自己化してしまうと考えているのです。逆に、自己が自己自身については無の意識の場合には、自己は、そもそも自己があるか、世界があるとかまったく意識していない状態、すなわちあるがままとにあるといえるのです。

ホロニカル心理学では、自己と世界が不一致となって自己と世界の間に境界ができる瞬間と、自己と世界が無境界となっている瞬間との絶え間ない繰り返しが展開するに、新たな場所的自己と世界が時々刻々生成され、それが自己にとっての直接体験になると捉えています。

自己によって、いったん非自己化された世界は、重々無尽の多の無限の世界となって展開していきます。しかし、自己と重々無尽の多の世界は、もともと「一」でもあるのです。すなわち自己と世界の関係は、一即多・多即一の関係にあるのです。一即多・多即一の関係とは、自己(部分)が世界(全体)を包摂し、世界(全体)もまた自己(部分)を包摂するという自己と世界が、相互包摂的・相互限定的な縁起的包摂関係(ホロニカル関係)にあるということです。このことは、あらゆる事象にも応用できます。部分と全体は、ホロニカル関係にあるのです。

適切な自己の自己組織化は、自己とすべての非自己との関係がホロニカル関係となる限り促進されます。また、適切な自己の自己組織化は、ホロニカル関係の自己自身による実感・自覚によって、さらに加速されます。

たとえば、aという部分がb、c、d・・・という部分をa自身のうちに包摂する関係をもつともに、bもa、c、d・・・b自身のうちに包摂する関係をもち、b、c、d・・・を包摂したaと、a、c、d・・を包摂する関係を形成する・・・と無限の縁起的包摂関係(ホロニカル関係)を実感・自覚する時、aもbもcもdも・・・適切な自己組織化が促進されると考えられるのです。

この理法は、人間関係の場合にもあてはまります。AさんにとってはAさんとして振る舞うために、Aの中にBさん、Cさん、Dさん・・・という全体の関係を包摂しながらも、Aという個性的な存在として振る舞っているのです。Bさんもまた、Bさんとして振る舞うためには、Aさん、Cさん、Dさん・・・といった全体の関係を包摂しながらも、Bという個性的存在として振る舞っているのです。人と人の関係において、ホロニカル関係(縁起的包摂関係)が成立している限り、AさんもBさんも人間関係において、適切な自己の自己組織化を促進することができていると考えられるのです。

しかしながら、AさんやBさんのホロニカル関係を阻害するような出来事が起きるのが世の常です。すると即刻、AさんとBさんとの関係は、一即多・多即一の関係が破れ、緊張・対立したものだけになり、Aさんも、Bさんも適切な自己の自己組織化が阻害されてしまいます。