新しいパラダイムの必要性

小物を使った外在化(ある場面の場面再現)

ポール・ワクテルは、「医療モデル」にまつわる問題で、行動療法と精神分析などの力動的治療者とのモデルの差異について次のように指摘しています。

「症状と疾病の問題を離れる前に、『医療モデル』論争の持つまた別の混乱させるような特徴を指摘しておくことにしたい。いくつかの点で、行動療法に典型的な作業様式は医師のそれによく似ており、力動的治療者の場合よりもずっとよく似ている。行動療法家は、まず最初に患者の苦しみを引き起こしているものが何かを査定しようとし、それから彼の技術的スキルをこの状況を変化させるために活用する。治療者は患者に、治療者が問題だと考えることをはっきりと伝え、それに関して治療者が何をしようと意図しているかを正確に告げ、改善が生じるためには患者がどのような治療的処遇に従うべきだと彼が考えているかを、まったく躊躇なく患者にアドバイスする。他方、力動的治療者は、これとはかなり異なったやり方で患者にアプローチする。彼は何かをアドバイスしたり提案したりしたがらないし、しばしば権威者あるいは専門家としてあからさまに振る舞うことを避ける。そしてまるで手術台の上の身体のように働きかけを求めて自分を提示する患者のあらゆる努力を解釈することを好む。ある意味では、力動的治療者の治療活動は、因習的な医師の役割をどうやって避けるかの工夫として記述できるものでさえある」(Wachtel,1997)。

ワクテルの指摘をホロニカル・アプローチに適用するならば、ホロニカル・アプローチは、医療モデルに近い行動療法家や、力動的治療者の態度とも異なります。ホロニカル・アプローチでは、心的症状や心的問題について、被支援者自身がどのように感じ、どのように捉えているか、また、そしてそのことが心的症状や心的問題にどのような影響を与えているかについて、被支援者と支援者が協働作業的に仮説を立てていきます。その意味では、行動療法のように集積された情報から問題を支援者が特定するわけでもなく、被支援者の語りを解釈する精神分析の姿勢とも異なり、ホロニカル・アプローチは、共同性、協働性が高いといえます。また支援者は、治療者ではなく、被支援者の人生の苦悩に付き添う同行人であり、一緒に問題解決の道を模索するパートナー的存在です。行動療法も力動的アプローチも、ホロニカル心理学の立場からすると明らかに「治療者」です。また多くの支援者が、自らのことを「治療者」と名乗り、心理療法や精神療法を心理治療とか精神治療と称しています。

ホロニカル・アプローチでも支援者は、ヒーラー的投影を被支援者から受けることを避けられません。が、しかしその後、支援者のイメージは、共により生きやすい道を模索するサポーターというイメージに変容していきます。理想化されていた治療者イメージの変容そのものが、被支援者自身による自律的変容に直接つながっていくのです。

もしホロニカル・アプローチにヒーラー的要素があるとするならば、支援者にではなく、被支援者自身に自然治癒を促進する“こころ”の働きを活性化するからだと考えられます。

行動療法には行動療法の、認知行動療法には認知行動療法の、精神分析には精神分析の、家族療法には家族療法の、精神医学には精神医学の、心療内科には心療内科の、ソーシャルワーカーにはソーシャルワーの・・・それぞれ独特の見立て方と変容技法があります。それぞれ既存の各学派の間には、理論や見立てやアプローチの差異があります。その結果、他の学派の理論や技法の折衷的活用は、被支援者にも支援者にも異文化的な混乱を引き起こすというやっかいな問題がつきまとってきます。既存の理論・見立てや技法の活用のためには、それぞれの理論・見立て・技法を統合することを可能とする新しいパラダイムの構築が必要といえるのです。

ホロニカル・アプローチは、まさにそうした実践の必要から創発されたまったく新しいパラダイムです。

ホロニカル・アプローチでは、被支援者の内的世界や外的世界をめぐる観察主体と観察主体の悪循環パターンに注目します。次に悪循環パターンを支援の場で小物などを使って外在化したり可視化します。そうすることによって、被支援者と支援者が悪循環パターンを共有するわけです。悪循環パターンの共有化の上で、既存の理論やホロニカル・アプローチの技法などを活用しながら、少しでもより生きやすい人生の道の発見・創造を共に模索するという方法を取ります。特徴としては、見立てとアプローチの選択は常に同時作業となります。選択されるアプローチは、プロセスにそって既存の技法やオリジナルの技法が自由無礙に選択され続けられます。そしてもっとも重視される目標は、自己と世界の不一致と一致の繰り返しという絶対矛盾的自己同一の世界を適切に俯瞰することのできる自由無礙な観察主体の樹立または強化、またはそれを可能とする場作りです。

たとえば、精神分析でいえばエデュパル・コンプレックスを意味するテーマは、被支援者と支援者の関係や、夢の内容にもそうしたパターンを象徴する傾向がパターンとして発見されますが、それ以外でも相似的パターンが発見できます。たとえば、家庭では父子関係の確執として、職場では上司との対人緊張として、心身医学的には過敏性腸症候群として診断されるのです。一見するとバラバラの問題があるかのように思われるテーマが、多層多次元にわたる被支援者の観察主体と観察対象をめぐる悪循環する自己相似的なフラクタル構造が横たわっているのです。こうした観察主体と観察対象をめぐる悪循環パターンを外在化したり、可視化し、被支援者と支援者が見立てを共有し、とりあえずもっとも変容の見込みがありそうなテーマから、既存の技法やホロニカル・アプローチの技法を活用して、少しでも被支援者が生きやすくなる人生の道の具体的歩み方を適切な観察主体から俯瞰的に発見・創造していきます。すると、仮に悪循環パターンが多層多次元に及んでいても、ある部分の観察主体と観察対象をめぐる変容は、やがて他の層や次元のテーマをめぐる観察主体と観察対象の変容を促進していくことが可能となります。

 

参考文献:Wachtel、P、L(1997;杉原保史訳,2002).心理療法の統合を求めて-精神分析・行動療法・家族療法.金剛出版,147-148。