風土

自己意識の発達には、生命の歩みとともに自己が育まれる地域の自然・風土や歴史・文化などが深く影響しています。いかなる風土や文化のもとに育つかは、自己のあらゆる生活様式に影響し、自己自身や世界に対する習慣・認知の特性、観念や象徴にまつわる感性や価値体系などに影響を与えます。

それだけに心理社会的支援においては、風土や文化の差異がもたらす自己への影響を明らかにしていくことが大切になります。異なる風土や文化が、異なる常識や感覚を育んでいることが実感・自覚できれば、対人関係における相互理解をより深めることができるのです。

情報通信革命によって世界中が濃密に繋がってきたものの、世界は一律化・画一化するどころか、ますます価値の多様化や多元化が加速化しています。その結果、異文化との接触による軋轢が増加し、情報の喧噪化や地域紛争を激化させています。

個と個の関係、個と地域社会の関係、個と公の関係のカオス化は、内的世界に不安定化をもたらしています。したがって内界を重視する臨床心理学や精神医学も、文化や風土など、外的世界との複雑な絡み合いの中で内的世界の新たな秩序化のあり方を見直していくことが求められています。

DSM5(精神障害の診断・統計マニュアル第5版)やICD10(国際疾病分類第10版)などを使って精神医学的に診断される統合失調症も、同じ診断基準を持たず、別の社会的信念体系を共有する人たちの間では、憑依や祖先と神仏の関係の不調和によると理解され、その対応法も全く異なってきます。しかも比較文化精神医学の観点からみて、DSM5やICD10などの診断基準に基づき向精神薬と精神療法中心のケアの方が必ずしも予後が良いといえないようです。この事実を受け止めるとき、前者を合理的で先進的とし、後者を非合理的で後進的とする「進歩主義」「進化主義」という捉え方は思い込みであり、文化・風土に優劣をつける価値尺度そのものが、自国の価値が優位で普遍的と見なす、ひとつの価値尺度に過ぎないことが明かになります。

“こころ”の問題は、文化を含む風土を抜きにして考えるべきではないといえるのです。そしてもっとも重篤な問題は、エビデンスを強調する科学的志向の強くなった今日の臨床心理学や精神医学は、エビデンスにもっとも深い影響を与える価値尺度の形成に影響を与えている文化や風土の影響を切り離して、どこかに置き忘れてしまっていることです。