主観と客観(3)

自己と世界の出あいの直接体験を、どのような文脈で語るかの違いで、主観的語りになったり、客観的語りになるのであって、もともと客観と主観が二元論的に分かれているとは思われません。

同じ直接体験の生起という出来事に対して、ある文脈では、観察主体(者)の自己の心や精神的な働きによる主観として記述され、同じ出来事に対して、異なる文脈では、観察対象となった身体や物質の働きという客観的働きとして記述されると考えられます。

主観と客観、心と身体、精神と物質、観察主体(者)と観察対象、自己と世界は、もともと不可分一体でありながら、自己の世界の出あいの直接体験から、何を対象に、どのように決定するかの組み合わせの差異によって、「知るもの」と「知られるもの」とをめぐる重々無尽の多層多次元な世界が生まれてくると考えられるのです。