共同研究的協働(10):共創の場づくり

民間資格ながら臨床心理士の資格制度が確立された1988年から、すでに35年余経過しました。

この間の歩みを振り返るとき、地縁血縁を絆とする地域共同体の解体とともに、苦悩を抱えた人への支援が、感情労働サービスを生業とする専門家による支援に委ねられるようになってきました。最近では、メンタルヘルスの概念の浸透とともに、学校や会社組織によるメンタルヘルスの管理までが積極な議論の俎上にまで上がるようになってきました。

しかしこうした新しい流れの成立は、苦悩を抱える人を市井の人同士で支え合ってきた相互扶助的包摂能力の弱体化と密接な関係があったといえます。

価値の多様化・多元化と社会の加速度的変容は、エビデンスを強調する専門家の理論や技法すら揺さぶりだしています。というのは、たとえ非日常的な場である診察室や面接室で一定の効果的変化が見られた被支援者であっても、相互扶助的包摂能力を失った喧噪のコミュニティという日常生活に戻った途端、診察室や面接室での効果も著しく減じてしまうケースが増えてきているからです。

ホロニカル・アプローチは、こうした社会変動の中で問題の多層多次元化に対応していく必要性から、既存の理論や技法に学びつつも内的世界も外的世界も共に扱う当事者参加型の心理社会的統合的支援として自発自展してきました。

最近では、この流れの先に、支援者や被支援という関係すら越えた共創の場が、誰にもどこにも必要なことが明らかになってきています。ある人が内在化していた生きづらさの問題を具体的に外在化し、市井の人たち同士が問題を共有し、外在化された問題を共同研究的協働作業によって一緒に俯瞰し、問題解決を共創していく共生型社会が必要になってきているのです。

共創のづくりは、大きな領域や大きな制度改革からはじめる必要はありません。むしろよりローカルな場でのより具体的で、よい小さな生きづらさに対する共創的問題解決からスタートすることがポイントです。

ある場所における対話型の共創の場づくりの成功とその智慧は、.やがて同じような共創の場づくりに成功した場と相互包摂的関係を形成することで、お互いがさらに刺激されあって自ずとヘテラルキー的変化が加速されると考えらます。

現行の支援論では、あまりに自己責任論や個人病理の問題にする偏りが強く、共創的共生社会づくりを困難にしています。これからは、専門家も非専門家も市井の人同士として、地縁血縁社会に代わる相互包摂的関係を構築することが大切になってくると考えられるのです。

まだまだ点在的ですが、共創的コミュニティづくりが、全国各地ではじまりだしています。

ローカルな場所での共創による相互包摂的共生社会が基盤にあってこそ、専門家の有効活用も可能になると思われます。また専門家も被支援者が戻ることの可能な適切なコミュニティがあるからこそエビデンスのある支援が可能になると思われるのです。しかし万が一その逆に専門家の活用が、ある生きづらさを抱えた人を、あるコミュニティから排除し、専門家に囲い込もうとするだけのものになるならば、それはとても恐ろしい社会をつくりだすといえます。

しかし地縁血縁の絆が解体化していくコミュニティの多くは、異なる価値や情報が飛ぶ交う喧噪の場化し、お互いがお互いを警戒せざるを得ない無縁社会になりかけています。その結果、“こころ”の専門家も、そうした修羅場でもサバイバルできるような支援を求められているのが現実といえます。それだけに支援者も診察室と面接室における専門性を追求するばかりではなく、共創的地域コミュニティ活動と関わっていく姿勢が大切になってきています。その方が、診察室や面接室での支援が、より被支援者の実態に即したエビデンスあるものにつながっていくと期待されるのです。

心理社会的支援の専門家は、診察室、面接室、研究室、実験室ばかりではなく、異なる視点をもったいろいろな人や社会と接触し、常に時代の動きに敏感になる必要があるといえます。