
家族関係や夫婦関係に悩む60歳代の女性Yさん(実際の事例を組み合わせて作成した架空事例)は、ホロニカル・アプローチの対話法を通じて変容の契機を見つけました。これは、隔週で行われる個別面接の20回目あたりの出来事です。以下、カウンセラーはCoと表記します。
台風の翌日、Yさんは久しぶりに恐ろしい夢を見ました。夢の中で、Yさんは絶壁の階段を草につかまりながら一歩一歩登り、やっと頂上に着きます。しかし、今度は平坦な地面に降りるために、慎重に足元を確かめながら降り、やっと安全な平地にたどり着きます。
Coは、夢の中のYさんを箱庭用の小さな女性の人形を使って外在化し、<やっと安全なところにたどりついたこの自分(人形)に向かって、何か声を掛けるとしたらなんと声を掛けてあげますか?>と尋ねます。
Yさんは、「草を必至につかまえながら登っているのが危なっかしいと思った」とCoに語ります。そこでCoは、<わかりました。それを含め、平坦なところに降りた自分に向かってどのように声をかけてあげますか?>と尋ね、Coではなく外在化された自分自身に語りかけることを求めます。
Yさんは、気持ちを集中していくうちに、気分が変化していきます。穏やかであるが、少し紅潮した顔になっていきながら、「それでも慎重に・・(といいかけてやめて 言い直すようにして)、一生懸命やれたね」と優しく声をかけます。
Coは、人形の位置をYさんの前に置きながら、<一生懸命やれたね>とYさんの韻律を真似て、人形に声をかけます。そして、次のように尋ねます。<『一生懸命やれたね』と言われた夢の中のYさんは、どんな気持ちになっていますか?>
Yさんは、「やりとげたことを喜んでいます」 (涙が溢れてくるYさん)。「本当に喜んでいます」(次第に嗚咽になる)。沈黙の時の共有後、Coは<人生という厳しい山、しかも本当に恐い山の山登りをよくやり遂げたんですよね>と言います。
その後、Yさんは、自分の両親が諍いが耐えなかったこと、親の愛情獲得をめぐる激しい姉弟葛藤があったこと、娘の異性関係がとても不安定だったこと、義母との確執で夫が助けにならなかったことなど、これまでの人生が自己犠牲的献身の連続だったことを自ら回想していきます。そして、こうした人生の回想は、親の世代の回想ともなり、3世代にわたる女性たちの物語の再構成となって展開していきました。
また、絶壁の壁の下は海であり、子ども時代に父親と一緒に泳いだ海で、一度、溺れかけた記憶に関係し、「頂上からの下りのテーマは、<水への恐怖>とつながっている」とのことでした。面接後、Yさんは、「25メートルプールを泳げるようになりたい」と、水泳教室に通うようになりました。
解説:Yさんは、夢の中の自分に対して、声を掛けることを求められたとき、「危なかっしい」と批判的な評価を、一瞬下そうとし、しかも私に語ろうとしました。しかし、夢の中のYさんが、必死に絶壁をのぼり、かつすでに降りています。そんな「危なかっしい」ことをすべてやり遂げた自分自身に気づき、支持的な声を掛けることができた瞬間に、Yさんの自己は、自己犠牲的な生き方を否定することなく、むしろ適切な自己愛をもった自己に変容する契機になったといえます。人はなかなか自己自身を、あるがままに自己受容できないものです。しかし、誇大的になることも万能感に圧倒されることもなく、適切な自己愛を自己自身に抱くことができたとき、Yさんは新しい自己を発見・創造しだしたといえました。