
※ノンフィクションフィクションとは、幾つかの実際の事例を組み合わせて創作した事例のことです
<登場人物>
・祐斗:小学四年生の男の子です。よく気がつく子です。大人の顔色や声の調子のちょっとした違いにも敏感で、まだ誰も口にしていないことを、先に感じ取ってしまうところがあります。その鋭さは本来、のびやかな感受性として育ってもよかったものかもしれません。けれど祐斗は、それをまず、自分の身を守るために使うようになっていました。
・父:酒が入ると人が変わったようになる人です。大きな声で、自分は正しく、家族はわかっていないとでも言うように語り始めます。少しでも気に障ると怒鳴り、子どもの表情や返事に「逆らった気配」を見つけると、すぐに激してしまいます。その一方で、会社ではむしろ強く出られない人でもありました。理不尽な扱いを受けても表立って反抗できず、飲み込んだ怒りや悔しさを、家に持ち帰ってしまうところがありました。
・母:慎重に暮らしている人です。夫の機嫌に家庭の温度が左右されることを、身にしみて知っています。父からかかってくる一本の電話が、その夜の食卓を決めてしまうことを、母もまた知っていました。
・支援者:○○市の子ども家庭課に所属する子どもソーシャルワーク資格をもつ相談員です。祐斗の話を、出来事としてではなく、場面として一緒にたどっていく人です。祐斗が何を感じ、何を見て、どう動いていたのかを、急がず丁寧に確かめます。そして、祐斗自身も気づいていなかった「自分を守る力」を見つけ出していきます。
<舞台>
・市の相談室での母親と裕太との支援者との対面による面接場面です。面接のテーマは、帰宅前に必ず母親の携帯電話に掛けてくる父親からの電話のテーマになります。
<面接内容>
食卓の支度の途中、流しの前、居間の隅。父親からの電話の着信音が鳴ると、家の空気は一瞬だけ止まります。母親が電話に出る。短い受け答えが続く。その声の調子、返事の長さ、目線の落ち方。祐斗は遊んでいるふりをしながら、その全部を聞いていました。
父親のいない面接室の中で、祐斗は初めて、自分がどんなふうに毎晩をくぐり抜けていたのかを、ひとつずつ言葉にしていくことになります。
祐斗にはわかっていました。今日は父と一緒にご飯を食べても大丈夫な日か、それとも、できるだけ早く食べ終えて自分の部屋に消えたほうがいい日か。その判断は、父親の帰宅前の電話でついていました。父親の声が電話越しに少し弾んでいる日は、まだましでした。仕事で何かうまくいった日なのか、外で少し機嫌のいいことがあったのか、とにかく父は得意げで、世界が自分の思いどおりに動いているような口調になります。そういう夜は、酒を飲んでも機嫌が大きく崩れないことがありました。父親は大声ではしゃぎ、多少威張りはしても、食卓はなんとか食卓の形を保てます。
けれど、声が低い日がありました。短く、刺すような言い方をする日。母の「うん」「ああ」が固くなる日。そういう日は危ないのです。
父は家の外では、案外おとなしい人でした。会社では強く言い返せず、理不尽なことがあっても笑ってやり過ごすしかない。悔しさも腹立たしさも、その場では飲み込んでしまう。そして家に帰ると酒を飲む。飲み始めると、さっきまで誰かに 抑えつけられていた人とは思えないほど、自分が大きくなったように振る舞い始めます。家族に向かって威圧的なことを言う。小さなことで怒る。祐斗が少し黙っただけでも、「なんだその顔は」と絡んできます。
酒が進むほど、父の怒りは理由を失い、ただ家の中を探し回るようになりました。
だから祐斗は、危ない夜には早く食べました。早く、早く。味なんてわかりません。ただ口に入れて飲み込む。噛むことすら惜しいくらいに急いで、食卓という場所から自分を切り離そうとするのです。父の視線がまだ自分に向かないうちに。酒の勢いがもっと強くなる前に。
それは、誰にも教わっていないやり方でした。気づけば、そうしていました。
相談室で、その話になったとき、祐斗は最初、少し不思議そうな顔をしました。
「え、普通です」というふうに言ったのです。
普通。祐斗にとっては、それが普通の夕食でした。
支援者は、そこで説明を求めるのではなく、一緒にその場面をたどることにしました。
<電話が鳴るところから思い出してみようか>
祐斗は少し考えてから言いました。
<お母さんが出る>
「うん、で、ぼく、お父さんかなって思う」
<何でわかるの?>
「……何となく」
<何となく、をもう少しだけ見てみようか>
「お母さんの声、かな」
<どんな声?>
「固い感じ」
<なるほど>
「あと、返事が短い」
<そういう日は、どう思う?>
「今日、やばいなって」
その「やばい」が、子どもの口からこぼれたとき、その言葉の軽さとは裏腹に、そこに積み重なってきた夜の重さが見えるようでした。
<やばいなって思ったら、どうするの?>
「早く食べる」
<どんな気持ちから早く食べるの?>
「早く終わりたいから」
<何を?>
「そこにいるの」といって祐斗はそこで黙りました。
黙ったけれど、その沈黙は空白ではありませんでした。そこにはもう、言葉になりかけているものがありました。
支援者は、祐斗のしてきたことを、そっと言葉にして返しました。
<祐斗くんは、ちゃんと見てたんだね>
「……」
<お母さんの声も、顔も、お父さんの調子も>
「……うん」
<それで、危ないって思ったら、自分を守るために早く食べて、その場を離れていたんだ>
祐斗は、少し驚いたように顔を上げました。
その瞬間、はじめて、自分のしていたことが「ただの習慣」ではなくなる気配がありました。
自分は何もできていなかったのではない。ただ怯えていただけでもない。ちゃんと見ていた。考えていた。逃げ道をつくっていた。あの家の中で、自分なりに生き延びる方法を、ずっと使っていた。
それは小さな発見のようでいて、祐斗にとってはとても大きなことでした。
そのあと支援者は、祐斗と一緒に、これから使える方法も考えました。
危ない日は、どのタイミングで部屋に戻るか。母と目線で合図できることはあるか。 本当にまずいときに頼れる大人は誰か。
祐斗は答えながら、少しずつ表情を変えていきました。追いつめられた子どもの顔から、自分で考える子どもの顔へと、ほんの少しずつ。
面接の最後、祐斗はぽつりと言いました。
「ぼく、何もしてないと思ってた」
支援者は答えました。
<ううん。ずっとしてきたんだと思うよ>
「……」
<祐斗くんは、ずっと自分を守ってきたんだよ>
ずっと傾聴していた母親は涙をためながら、大きく支援者の言葉にうなづきます。
祐斗はすぐには返事をしませんでした。でもその沈黙は、いつもの“怒られないための沈黙”とは違っていました。
<事例のもつ意味>
この事例が教えてくれるのは、子どもの行動を「萎縮」や「問題行動」という言葉だけで見てしまうと、その子が実際に使っている力を見落としてしまう、ということです。
祐斗の早食いは、ただの癖ではありません。父の機嫌、母の表情、家の空気を読み取り、その場にとどまる危険を察知して、自分を守るために身体を素早く動かすという、切実で高度な対処でした。それは無意識的に行われていたため、本人にもその意味が見えていませんでした。ここで用いられた場面再現法は、出来事を説明させるのではなく、その場にもう一度立ち戻ることで、本人の感じていたこと、見ていたこと、していたことを具体的に浮かび上がらせます。そして無意識的行為の意識化法によって、本人が「ただそうしていた」と思っていた行為の中に、自分を守る知恵と判断があったことが見えてきます。
さらに、その知恵を「あなたの力だった」と受け取り直していくことが、エンパワーメント法の核心です。新しい力を外から与えるのではなく、すでにその子が使っていた力を、本人が自分のものとして見いだし直す。そのとき、子どもは「守られるだけの存在」から、「自分を守る方法を持つ存在」へと、ほんの少し立ち上がり直していきます。
祐斗は、暴力的な家庭の中で、ただ耐えていたのではありませんでした。
家の空気を読み、危険を見分け、食卓から退くというかたちで、自分の命と“こころ”を守っていたのです。
支援とは、その見えにくい営みに光を当てることでもあります。
その子がすでに生きていた力を、その子自身が知ること。
そこから新しい物語が、静かに始まっていくのだと思います。