対話法の実践事例(ノンフィクションフィクション:波子)

ノンフィクションフィクションの事例とは、実際の事例を幾つか組み合わせ、その本質を失わないようにして創作した架空の事例を意味します。

波子24歳。大学生。両親とも専門職として働き、社会的にも活躍している人達でした。しかし、波子さんは、両親、友人や知人のちょっとした言葉に、傷つき易く、しかも自分を責めてしまうということで、医療機関の紹介で心理相談室“こころ”に通所しています。医療機関の紹介状には、「適応障害」と記載されてあります。以下に示すセッションは隔週1時間の面接の8回目のときに、「弱気な自分」と、「弱気な自分を責める自分」を小物を使って外在化し、外在化された小物を使っての対話法を実施します。

なお、カウンセラーは、「C」とし、その言動は< >で示し、波子さんは、「波」とし、その言動は「 」で示してあります。

・・・
波:「落ち込むと何もする気がなくて。 朝から晩まで寝ている。でも夜になると不安になって・・・両親と話しをすると、そんなにやばいなら何か行動すればいいと言われ・・・そりゃそうだと思って、とりあえずテレビを見ようと思うけど、友だちはみんなよく知っているけど、自分は政治のことも音楽のこともわからない」と、他者との比較や不安に圧倒され、結果的に寝込んでしまう状態に対して、いつものように抑うつ的に語ります。

オカリナ

C:<じゃあ、ここに、落ち込んでしまい何もする気がなくなって寝込んでしまう自分がいるとしたら・・・.>と、Cが、寝込む波子さんを小物のオカリナ(写真)を使って外在化し、面接中の波子さんの前のテーブルの上に置きます。
C:<では、この自分(オカリナ)に向かって、今の自分はなんて声を掛けますか?>と質問をします。すると、波子さんは、戸惑いながらも・・・・、
波:「『外に出ろ』と元気な自分がいう」と言い切ります。
C:<では、今度は、元気な自分をどれかこの部屋にいる小物を使って象徴するとしたらどれを選びますか?>

波子さんは、ずっと面接室室内を見渡し、本棚の上にあるフクロウ(写真)を選択します。
そこで、カウンセラーは、元気な自分(フクロウ)をカウンセラーの前におき、波子さんの前

フクロウ

に寝込む自分(オカリナ)を置きます。
C:<では、今度は、この元気なフクロウが、 元気のないオカリナに向かって、外に出ろ』と言ったら、元気のないオカリナはなんて元気なフクロウ)に言いますか>
フクロウ:「頑張るのが恐いから嫌だ」
C:<では、今度は、元気のないオカリナに、元気なフクロウが、『頑張るのが恐いから嫌だ』と言われたら、、元気なフクロウはなんと返しますか?>と、カウンセラーが、フクロウとオカリナの位置を入れ換える。以下は、同じように、小物を入れ換え、その都度、カウンセラー が相手側を代理的に代弁しながら、対話を実行していきます。
フクロウ:「そんな深く考えんでいいよ」
オカリナ:「でも考えなくては問題が残るでしょう」
フクロウ:「そんなのどうでもいいじゃん」
オカリナ:「ムカつく・・あんたどっかいって!」
フクロウ:「そんなこといったら、いつまでも同じことの繰り返しだよ」
オカリナ:「あんた、何もわかっていない」
フクロウ:「見え方が違うだけだよ」
オカリナ:「そうかも知れない」

対話法の実施場面

フクロウ:「焦らんでもいいから、自分の好きなことをすれば・・」
オカリナ:「じゃあ、ゆっくりでいい?」
フクロウ:「うーん、いいよ」と、次第に元気な自分(フクロウ)と元気のない自分(オカリナ)は、対立的関係から協働的関係に変容しだしていきます。そこで、

C:<どうやら、ともかく、まずはゆっくりと焦らず、できることから自分の好きなことからしていくことが大切という感じなのかなあ>と対話の要点をまとめて照らし返します。すると波子さんは、うなづきます。そして、
波:「なんとなくわかったような感じ」と笑顔になります。

所見:波子さんの自己意識の発達段階は第4段階にあり、既知のホロニカル主体(理)を内在化してきた他律的外的現実主体(外我)が観察主体となって布置します。一方、内的現実主体(内我)は、他律的外的現実主体に抑圧されながら、動けない自分に罪悪感を抱えていました。外我が内在化してきた既知のホロニカル主体である「理」は、両親の影響もあり、行動して問題解決を図ることに価値を置いていました。しかし、対話を通じて、内我が自己主張を強め、外我が妥協する形で新しい価値観を持つホロニカル主体(理)を創発し始めました。自己意識の第4段階での生きづらさのテーマと向き合う中で、波子さんは自己意識の発達が第5段階に移行し始める契機となりました。