
生物・心理・社会モデル、バイオサイコソーシャルモデル(Biopsychosocial model)、略してBPSモデルは、還元主義的な生物主義的な医学の反省から構築されたモデルです。医療の場において、生物主義的偏りを、より包括的視点、より統合的観点から対応する必要から生まれたようです。
しかし、BPSモデルは、基本的には医療領域からを出発点とするためか、福祉、学校、会社など、非治療的パラダイムが働く心理社会的支援を求められる場では、いまひとつ一般化していかないように思われます。
BPSモデルは、最終責任を負う主治医の元で、患者の治療やリハビリテーションを目的とした多職種連携を図るときの包括的治療計画を実施するときに有効なモデルといえそうです。しかし、たとえば、子どもの福祉や健全育成を目的とする児童相談所を中心とする児童福祉の場では、疾病を対象とする治療モデルとは、次元の異なる多職種多機関の連携を可能とする包括モデルが必要になります。児童相談所では、治療を第一義的な目的とする医療とは異なり、社会学的診断、心理学的診断、医学的診断など、問題の本質をより多職種による総合評価が運営要領で定められるなど、法律や要項を根拠に基づいて実施されます。また、そもそも児童福祉の現場では、治療という概念は一般的には使用されず、相談・支援という概念が中心です。
このように医療と福祉の間では、歴史的な歩みにおいても基本的パラダイムの差異があります。福祉では、多機関・多職種連携による総合的判断に基づく見通しをつけるためにも、福祉機関、医療機関、学校、産業、地域などの連携を促進するための包括モデルが必要です。
ホロニカル論による多層多次元モデルは、そうした統合モデルの一つです。
ホロニカル論による多層多次元モデルでは、各層や各次元を取り扱うことを得意とする理論や技法が中心となり、それぞれが発見したより生きやすくなるための変容見込みにある悪循環パターンについて、それぞれが対等の立場で取り組むことを重視します。より下位の層や次元が、より上位の層や次元に包括されるような階層モデルではなく、ミクロからマクロに至るあらゆる層や次元のある部分が全体を包摂し、全体もまた部分を包摂すると言う相互縁起的なホロニカル関係にあるとするのが特徴です。バイオサイコソーシャルモデルとの違いでいえば、生物・心理・社会の関係でいえば、生物に心理も社会も包摂され、心理の中にも生物・社会が包摂され、社会の中にも生物・心理が包摂されており、すべてがホロニカル的関係にあるため、それぞれを独立的には扱うことは難しいというパラダイムです。
このモデルを実践する際の重要なポイントは、各層や各次元の変容が他の層や次元にいかなる影響を与えるかについて、被支援者と支援者が共に見通しを常に持ち続けることです。医学的な生物学的治療が、他の層や次元にいかなる影響を与えているか、あるいは与えると見通せるのか、心理学的支援が他の層や次元にいかなる影響を与えているのか、また与えると見通せるのか、社会学的支援が、他の層や次元にいかなる影響を与えているか、また与えると見通せるのか、教育的支援が・・・法的支援が・・・など、それぞれの専門性が得意とする対応を図るとき、多層多次元にわたって動的に変化する現象を、当事者を含む関係者が、できるだけ無批判・無評価・無解釈の立場から安全かつ安心して自由無礙の俯瞰でき、開かれた対話が可能となる場を構築することが必要です。
<参考文献> Engel GL (1977) The need for a new medical model: A challenge for biomedicine. Science 196(4286); 129-136. Engel GL (1980) The clinical application of the biopsychosocial model. American Journal of Psychiatry 137(5): 535-544.