
自己とは、自己以外のものから区別される本質を持って自律自存するような固定的存在ではなく、一瞬・一瞬、自己と世界の出あいが不一致と一致を繰り返しながらせめぎあう「場」において、創発され続ける動的プロセスであるといえます。
「場」が自らを自己否定することによって、一即多・多即一からなる自己と森羅万象の世界が創発され続けています。そして「場」が自己言及的・自己再帰的に自己組織化しようとすることによって、あらゆる生成と消滅を司る多様化の働きである「Es(エス)」と、統合化の働きである「IT(イット)」とが機能し、自己と世界は同時に創発され続けていると考えられます。したがって、自己の終焉、すなわち自己の死とは、自己と世界を自己組織化してきた「場」そのものになることを意味します。
ホロニカル心理学では、この自己と世界を自己組織化する「場」は、哲学的には「絶対無」、仏教における「空(くう)」に相当すると考えています。また、ホロニカル心理学の考える“こころ”とは、この「絶対無」や「空」と相同ではないかという仮説を持っています。
“こころ”という、精神現象や物理現象を含みあらゆるものを生み出す無尽蔵の「場」から、自己と世界は共に生成されます。そして生成された自己と世界の歴史的・文化的痕跡は、最終的にこの「場」に包摂されると考えられるのです。