ホロニカル心理学からみた「祈り」の意味

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ホロニカル心理学の立場から考えると、「祈り」とは、ただ神仏や自己を超えた力に願いを託したり、受動的に身を委ねたりすることではありません。

むしろ、自助努力の限りを尽くしたあと、「人事を尽くして天命を待つ」という言葉が示すように、無我・無心となり、我の限界を自覚し、“こころ”という根源的な働きに自己を開いていく行為と思われます。

ホロニカル心理学では、自己も世界も固定した実体ではなく、“こころ”の働きのなかで一瞬・一瞬、出来事として立ち顕れてくる存在であると考えます。しかし、我執にとらわれると、私たちは出来事を自らの思いどおりに支配しようとし、“こころ”の働きは見えにくくなります。

その一方で、自助努力を尽くした末に我執を手放すとき、「我」は自己否定され、“こころ”の創発的な働きが開かれます。そこでは、自己と世界との関係から新たな出来事が立ち顕れ、私たちは、その出来事を操作しようとするのではなく、あるがままに受け止め、その呼びかけに誠実に応答していくことができます。

ホロニカル心理学において「祈り」とは、何かを願い求める行為ではありません。それは、我執を超えて“こころ”の働きに参与し、自己と世界が新たに立ち顕れてくる出来事を受け入れ、その出来事とともに新しい自己と世界を共に創造していこうとする生きる姿勢そのものと考えます🙏

 

以下Facebook用
ホロニカル心理学における祈りとは、願いを叶えてもらうことではなく、自助努力を尽くしたうえで我執を手放し、“こころ”という根源的な働きに自己を開く生き方です。そこでは、新たに立ち顕れる出来事をあるがままに受け入れ、その呼びかけに誠実に応答しながら、自己と世界を共に創造していく姿勢そのものが祈りとなります。